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| 佐原盛連 | 猪苗代経連 |
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盛連の遺児達が会津地方に因んで姓を名乗り、後に当地の豪族として発展していったことからすると、盛連は会津地方を相続したと考えられる(実際に会津蘆名氏は盛連を初代とする系図も見受けられる)。 |
経連が鎌倉時代中期に陸奥国耶麻郡猪苗代を本貫とし、猪苗代氏を称したのを始まりとする。本家の蘆名氏からは独立の傾向が強く、室町時代から戦国時代にかけて、たびたび合戦をしている。猪苗代経元の代で後継がなく、蘆名氏から養子として盛清を迎えている。 |
| 猪苗代盛国 | 猪苗代盛胤 |
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猪苗代氏12代当主。父は蘆名盛詮の次男・猪苗代盛清とされるが、天文10年(1541年)に蘆名氏に対して謀反を起こした猪苗代盛頼ともいわれる。蘆名氏の重臣であるが、自立傾向が強く度々反乱を起こしていた。 |
猪苗代氏13代当主。蘆名氏の重臣であるが、自立傾向が強く度々反乱を起こしていた。 |
| 猪苗代兼載 | 野口英世 |
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戦国時代の連歌師で、初め興俊,宗春と称した。別号は相園坊・耕閑軒。法橋に任じられた。父は猪苗代宗実、子に猪苗代兼純、猪苗代長珊(兼純と同一人物説有り)。子孫に野口英世がいる。 |
福島県耶麻郡三ッ和村(現:耶麻郡猪苗代町)出身。郵便配達人の父・野口佐代助と母・シカの長男として生まれ、清作と名付けられる(後に22歳で英世と改名した)。1878年(明治11年)4月、清作1歳の時に囲炉裏に落ち、左手に大火傷を負う。左手の障害から農作業が難しく、学問の力で身を立てるよう母に諭される。小学校の頃は、左手に大火傷をしていたので、「清ボッコ」と言われていじめられていた。 |