尾張徳川家→大窪松平家(梁川松平家)

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松平義昌

 寛文6年(1666年)3月28日、従四位下出雲守左近衛少将に任じられる。天和3年(1683年)8月、幕府より3万石を与えられて尾張藩の御連枝(分家)として陸奥梁川藩を立藩。領地に赴くことなく江戸に定府し、名古屋城下にも邸を構えた。城下町の建設や役人制度,新田開発,検地などに努めて藩政を確立した。一方、物価高騰による藩財政の窮乏から、元禄8年(1695年)以降にたびたび年貢率を引き上げ、新たに課役を設けるなどしたため、農民の負担も重くした。元禄6年(1693年)8月1日、江戸本庄に御下屋敷5,000坪を拝領。
 正徳3年(1713年)正月から病を得て、閏5月20日に死去。跡を5男・義賢(義方)が継いだ。