| F553:三条実行 | 藤原公季 ― 藤原公実 ― 三条実行 ― 正親町三条公氏 | F561:正親町三条公氏 |


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| 正親町三条公氏 | 正親町三条公貫 |
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| 三条大納言と号す。三条のほか、嵯峨および西郊とも称す。正親町三条家の祖。なお、明治維新後に正親町三条家は本家の三条家と区別するために家名を「嵯峨」と改称したが、これは公氏の別号に由来している。 |
暦仁元年(1238年)、誕生。しかし、ほどなく父が参議のまま薨去したため左大臣・洞院実雄の猶子となった。延応元年(1239年)従五位下に叙爵。昇進を続け、建治元年(1275年)参議に任ぜられて公卿に列した。 |
| 正親町三条実継 | 正親町三条公豊 |
| 後八条と号す。姉・秀子が持明院統の外戚となったことから父・公秀は内大臣に任ぜられた。実継は内大臣在任期間も長く、内大臣在任時には弟・実音と息男・公豊が権大納言に在任している。さらに、実継は内大臣を辞してから正親町三条家の出身では初めて従一位に叙せられた。これらのことから、実継の代に内大臣に昇進できる家格が確立されたと考えられる。持明院統に一貫して忠節を尽くしてきたことに対して任内大臣、兄弟そろっての従一位叙位という処遇がなされたと見ることができる。 |
号は後三条。後三条内大臣、称名院入道などと呼ばれた。初名は公景。元弘4年(1334年)従五位下に叙位。建武4年/延元2年12月(1338年1月)従五位上に昇叙し、康永4年/興国6年(1345年)侍従任官。 |