中国(後漢王朝)渡来系

YA05:大蔵広隅  大蔵広隅 ― 原田種資 YA06:原田種資


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天草種有 播磨局
 種有は大宰府在庁官人大蔵氏の流れを持つ天草下島の開発領主で、天草氏勃興の祖となった人物である。 貞永2年(1233年)、種有入道は自領を子らに分割相続させたが、天草氏の惣領を女子の播磨局と定めて本領の本砥島領を相続させ、もう一人の女子・をくくまには大江領、すでに出家していた種秀には高浜領など、そして幼少だった「こま王」種資には河内浦領を与えた。その後、種資は姉の播磨局の養子となり、天草氏の惣領を相続したようである。

 鎌倉時代中期の武家女性。肥前国天草郡の武士・天草種有の嫡子。父・種有は天草下島の開発領主だったが、貞永2年(1233年)、そのうち本領にあたる本砥島(現・熊本県天草市本渡町周辺)の地頭職を嫡女だった播磨局に相続させて、天草氏の惣領とした。
 弘安4年(1281年)、弘安の役の際には播磨局自ら出陣し、諏訪明神の霊験によって武運を得たことから、弘安6年(1283年)には諏訪大社より分霊して領内に本渡諏訪神社を建立している。また、父の菩提寺としては新開地の亀川に来迎寺を建立し、寺領を寄進している。「領主室」といわれたが子はなく、弟の種資を養嗣子として天草氏惣領を相続させた。