| YA13:高橋頼種 | 大蔵広隅 ― 原田種資 ― 原田種直 ― 高橋頼種 ― 立花直次 | YA14:立花直次 |


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| 立花直次 | 立花種次 |
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はじめ、父・鎮種(紹運)や兄・統虎(宗茂)とともに大友氏に仕え、兄同様、主君・大友義統から偏諱を賜って「統増」を名乗った。統虎は後に立花道雪の養子となったため、統増が筑後高橋氏の嫡男となった。 |
元和3年(1617年)、父の死去により家督を継いで、5月3日、将軍徳川秀忠に初めて拝謁し、11月に常陸国柿岡領5,000石の遺領の継承を許された。元和7年(1621年)1月10日、5,000石を加増されて合計1万石とされた上に、父の旧領である筑後国三池郡のうち1万石に移封された。これが三池藩となる。 |
| 立花種長 | 立花貫長 |
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筑後国三池藩の第2代藩主。寛永2年(1625年)8月、初代藩主・立花種次の長男として生まれる。寛永7年(1630年)、父の死去により家督を継ぐ。寛永14年(1637年)の島原の乱では幼少のため、叔父の立花忠茂が代理として出陣している。 |
貞享4年(1687年)、第3代藩主・立花種明の長男として生まれる。元禄12年(1699年)の父の死去で家督を継ぎ、宝永6年(1709年)3月7日に従五位下・出雲守に叙任する。享保9年(1724年)9月1日、駿府加番に任じられる。元文3年(1738年)からは石炭の採掘が始まり、平成9年(1997年)まで存続した三池炭鉱の礎となった。 |
| 立花種周 | 立花種善 |
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筑後国三池藩の第6代藩主。延享元年(1744年)8月8日、第5代藩主の立花長煕の次男として生またる。長兄の弥七郎が早世したために世子となり、宝暦12年(1762年)9月26日の父の隠居で家督を継いだ。同年12月18日、従五位下・出雲守に叙任した。 |
筑後国三池藩の第7代藩主、のち陸奥国下手渡藩の初代藩主。官位は従五位下・和泉守,豊前守。寛政6年(1794年)1月19日、三池藩6代藩主の立花種周の4男として誕生した。4男だったが、兄の種徳らが早世したために世子となった。 |
| 立花種恭 | |
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陸奥国下手渡藩の第3代藩主。のち筑後国三池藩主となり廃藩を迎えた。官位は出雲守。廉斎と号した。明治時代に子爵を授爵する。貴族院議員。 |