松ヶ島城跡

まつがしまじょうあと (Matsugashima Castle Ruins)

【C-ME071】探訪日:2020/10/15

【C-ME071】松ヶ島城跡 三重県松阪市松ヶ島町

【MAP】

〔駐車場所〕

【C-ME071】松ヶ島城跡

   1567(永禄10)年頃、北畠具教が織田信長の侵攻に備えて築いた細首城が始まりとされる(細首は松ヶ島の旧名)。具教は家臣の日置大膳亮に守らせたが、2年後の1569(永禄12)年に信長の侵攻に際して自ら城に火を放ち、大河内城に籠城した。
 1580(天正8)年、具教の養子に入った信長の次男の北畠信雄(織田信雄)が付近の田丸城が焼失したため、同地に築城し松ヶ島城と称した。その後、信雄の家臣の津川義冬,滝川雄利が城主となり、本能寺の変後には豊臣秀吉家臣の蒲生氏郷が入部した。伊勢神宮への参宮古道沿いにあって伊勢湾に面した海陸の要衝ではあったが、海に近く手狭であることから、1588(天正16)年、氏郷は新たに松坂城を築いて城下町ともども本拠を移したため廃城となった。参宮古道も松坂経由に変更されている。
 現在は幅約20m,高さ約2mの本丸天守台の跡とされる台地だけが残る。なお、地中からは瓦片や茶碗片が出土している。

【史跡規模】

【指 定】三重県指定史跡(1956年12月5日指定)
【国 宝】

【国重文】

関連時代 戦国時代
関連年号 1567年・1569年・1580年・1588年
関連人物 系図 関連人物 系図 関連人物 系図
北畠具教 G820 日置大膳亮 **** 織田信雄 OD05
津川義冬 **** 滝川雄利 G821 蒲生氏郷 F917

 

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▲南東より見る

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▲天守台上

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