館・屋敷

北海道・東北

所在地 No. 史跡名 ワンポイント・メモ 指定
R‐HD001

 

所在地 No. 史跡名 ワンポイント・メモ 指定
R‐AM001

 

所在地 No. 史跡名

ワンポイント・メモ

指定

西磐井郡
平泉町

R‐IW001 高館義経堂 平泉に再び落ち延びた源義経はこの高館に居館を与えられたが、1189年に藤原泰衡の急襲に遭い、この地で妻子とともに自害した。
奥州市 R‐IW002

館跡
(安倍頼時,貞任館跡)

安倍頼時,貞任父子の居館跡と伝えられ、安倍氏勢力の中心舞台であった。
R‐IW003 小松館跡 安倍貞任の叔父良照(安倍則任)の居館であったと伝えられる。
R‐IW004

並木屋敷跡
(衣川柵跡)

前九年の役で安倍貞任が撤退までの18年間、安倍氏の政庁が置かれていた。また、その後の清原武則,武貞,真衡の三代の政庁もしくは居館もここに置かれた。

 

所在地 No. 史跡名 ワンポイント・メモ 指定
R‐AT001

 

所在地 No. 史跡名 ワンポイント・メモ 指定
R‐YG001

 

所在地 No. 史跡名 ワンポイント・メモ 指定
多賀城市 R‐MG001 館前遺跡 工事中

 

所在地 No. 史跡名 ワンポイント・メモ 指定
R‐FS001

 

関東

所在地 No. 史跡名 ワンポイント・メモ 指定
R‐TK001

 


所在地 No. 史跡名

ワンポイント・メモ

指定
鎌倉市 R‐KN001 大蔵幕府跡 1180年10月、源頼朝は大蔵郷に邸宅を構え、御寝所などの私的区域と政務を行う公的区域を設けた。大蔵御所(大蔵幕府)は3代将軍・源実朝の1219年(1225年説あり)まで政治の拠点であった。鶴岡八幡宮の東側一帯の地域にあったとされる。
R‐KN002 土佐坊昌俊邸跡 1185年10月17日、京の堀川館にいる源義経に夜襲をかけたが返り討ちにあった土佐坊昌俊の館跡と伝わる。

 

所在地 No. 史跡名 ワンポイント・メモ 指定
R‐ST001

 

所在地 No. 史跡名 ワンポイント・メモ 指定
R‐CB001

 

所在地 No. 史跡名 ワンポイント・メモ 指定
R‐IR001

 

所在地 No. 史跡名 ワンポイント・メモ 指定
R‐TG001

 

所在地 No. 史跡名 ワンポイント・メモ 指定
R‐GM001

 

甲信越

所在地 No. 史跡名 ワンポイント・メモ 指定
R‐YN001

 

所在地 No. 史跡名

ワンポイント・メモ

指定

木曽郡
木曽町

R‐NN001 木曽義仲屋敷跡 工事中
R‐NN002 中原兼遠屋敷跡 工事中
R‐NN003 樋口兼光屋敷跡 工事中
飯田市 R‐NN004 旧小笠原家書院 1624年頃の建造とされ、伊豆木小笠原氏の居館のうち唯一現存するもの。

下伊那郡
高森町

R‐NN005 竹ノ内家住宅 1799年に建築された本棟造の民家である。

 

所在地 No. 史跡名 ワンポイント・メモ 指定
R‐NG001

 

東海

所在地 No. 史跡名

ワンポイント・メモ

指定
浜松市 R‐SZ001

松下嘉兵衛屋敷跡
(頭陀寺城)

1551年頃から約3年間、無名の木下藤吉郎が松下嘉兵衛の屋敷で奉公したことが知られている。1574年には虎松(井伊直政)を養子とし家康に謁見させている。
R‐SZ006 旧高山家住宅 工事中
R‐SZ007 気賀関所跡 17世紀初め、江戸幕府が本坂通(姫街道)の往来を監視したために設置した関所である。気賀近藤氏が明治維新まで関所を監理した。本坂通を挟んで北に本番所、南に向番所と2層の望楼があった。現在は観光施設として復元されている。
R‐SZ008 井平氏居館跡 1245年、井伊家から分家した井平直時がここに居館を構えた。1572年の仏坂の戦いで井平直成が討死し井平氏は一時途絶えたが、翌年に井平直種が井平氏を継ぐ。しかし、1590年、嫡男が小田原攻めで討死し井平氏は断絶した。
R‐SZ009 鈴木家住宅 静岡県西部から愛知県東三河にかけて分布していた分棟型釜屋建形式の数少ない農村民家であり、分棟型民家の展開を示すものとして重要である。建築年代の1821年頃とほぼ明らかであることから、釜屋建民家の発展過程を理解する上で高い価値が認められる。
R‐SZ010 浜崎居館跡 1500年頃に縣氏(安形氏)がこの地に移り住んだものとされ1630年頃まで続いたという。現在は住宅地となって遺構は残っていないが、案内板によれば井戸が残っているという。
R‐SZ011 大谷代官屋敷跡 江戸在住の大谷近藤家に代わり、事実上領内を支配していた大野家の屋敷で現在も子孫の方が居住している。土地の人々は大野家を「お代官様」、屋敷を[代官屋敷」と呼んでいた。
R‐SZ012 大谷陣屋跡 1629年、大谷近藤家の近藤用行のときに気賀近藤家より分家して三千石の旗本となり、ここに陣屋を築いた。1842年までの約210年間この地を支配した。現在は遺構は残されておらず果樹園となっている。
R‐SZ013 志都呂陣屋跡 1698年、五井松平家の松平忠明が敷知郡内に采地を移され、ここに陣屋を構えた。今切関所奉行を勤めていた。現在、高台の跡地には志都呂幼稚園の建つ。
R‐SZ014 大久保陣屋跡 1619年、服部政信が遠江国の今切関所(新居関所)奉行の要職に就き、采地もこの地に移され陣屋を構えた。服部氏は大久保のほか、古人見,大人見,神ヶ谷,伊佐治,上石田,山崎など3千5百石を領していた。現在は大窪神社となっており、石垣は当時のものとされる。
R‐SZ015 平賀屋敷跡 近世初頭、公文庄屋の平賀助太夫の屋敷があったとされる。現在、遺構は残されていない。
R‐SZ017 堀江陣屋跡 1569年、徳川家康から和睦を引き出した大沢基胤,子の基宿は家康のもとで功績をあげ、江戸時代には高家旗本となり堀江陣屋を構えて明治までこの地を治めた。現在、遺構は残されていない。
R‐SZ021 殿村居館跡 1572年、仏坂の戦いで当時の井平城主・井平直成が討死し井平氏は一時途絶えた。翌年、井伊直平の末子・直種が井平氏を継ぎ、ここ殿村に新に居館を築いた。
磐田市 R‐SZ004 長者屋敷遺跡 東西約100m,南北約80mのほぼ長方形で土塁に囲まれた奈良時代の遺跡である。地方官衙跡あるいは地方豪族の居館跡と推定される。土塁区画の内側には複数の建物跡が発見されている。
R‐SZ005 匂坂館跡 築造年代は定かではないが、現在の岩田小学校の南側にある水田地帯にあったとされる。1571年3月の武田信玄の遠江侵攻時に匂坂城の落城とともに焼失した可能性が高い。遺構は残っておらず、館跡に匂坂城の城址碑が建てられている。
R‐SZ018 旧見付学校 1875年、大久保忠尚の門下生・古沢脩が建設を主導し、淡海國玉神社境内に落成した。小学校のほか様々な用途に使われたが、現存する日本最古の木造擬洋風小学校校舎として忠尚設立の磐田文庫とともに国の史跡に指定されている。
袋井市 R‐SZ002 貫名氏館跡(妙日寺) 現在の妙日寺境内一帯が貫名氏の邸宅跡とされる。4代・貫名重忠は安房国小湊へ配流され、配流先で誕生したのが日蓮聖人である。1332年、邸宅跡に妙日寺が創建された。貫名氏三代の墓,日蓮の両親の供養塔がある。
菊川市 R‐SZ003 黒田家代官屋敷 永禄年間(1558~69年)、本多助久の代官となった黒田義則が現在地に縄張りを行い居住したのが始まりと伝わる。宅地は周囲に濠をめぐらし、南に長屋門を開き、その東脇に米蔵が建つ。
牧之原市 R‐SZ019 大鐘家 約300年前の建築物で主屋と長屋門が国の重要文化財である。大鐘貞綱が1597年に遠州相良に移り住み、江戸時代は旗本として徳川家に仕えた後、18世紀初めに大庄屋となって大鐘館を築いた。
藤枝市 R‐SZ020 志太郡衙跡 8世紀前半から9世紀前半にかけての奈良・平安時代の郡役所跡である。1977年からの発掘調査で掘立柱建物30棟をはじめ、門や板塀,土壙,柵,土塁、井戸・石敷道路などの遺構が発見された。

 

所在地 No. 史跡名 ワンポイント・メモ 指定
名古屋市 R‐AC018 御所屋敷跡 持萩中納言の屋敷跡とされるが、のちに同じ御器所村出身の豊臣秀吉の生母仲(大政所)の屋敷跡と称されるようになった。
R‐AC019 木下長嘯子(木下勝俊)宅跡 豊臣秀吉の甥の木下勝俊の屋敷跡とされる。
R‐AC020 小出秀政宅跡 豊臣秀吉の叔父にあたる小出秀政の屋敷跡で出生地でもある。1540年にこの地に生まれ、妻は大政所(秀吉の母)の妹を娶った。現在は遺構はなく石碑が建つのみである。
R‐AC021 丹羽長秀邸跡 織田信長の重臣であった丹羽長秀の屋敷跡であり出生地でもある。1535年にこの地に生まれた。現在は遺構はなく石碑が建つのみである。
R‐AC022 旧志水家車寄 工事中
R‐AC023 山田重忠館跡 1192年に源頼朝によって尾張国山田庄の地頭に任じられた山田重忠の館跡とされる。
犬山市 R‐AC014 有楽苑 工事中
江南市 R‐AC011 生駒屋敷跡 生駒家広の時、応仁の乱の戦乱から逃れ大和国平群郡生駒から尾張国丹羽郡小折へ移り生駒屋敷を構えたとされる。

あま市

R‐AC024 蜂須賀正勝旧宅跡 蜂須賀正勝の邸宅趾とされるが、規模については不明。石碑が建つのみである。石碑の数10m北には蜂須賀城跡がある。
小牧市 R‐AC013 余語氏館跡 室町時代に岩倉城主・織田敏定に仕えた近江国の余語盛政の館跡とされる。応仁の乱の際、盛政は織田の陣所へ駆けつけ、戦功を挙げて春日井郡に館を構えた。現在、土塁跡の上に社が祀られ、碑が建つ。
R‐AC030 岸田家住宅 工事中
稲沢市 R‐AC008 浅野長勝宅跡 安井城を居城とし織田信長に仕えていた浅野長勝の屋敷跡。浅野城完成までの仮の屋敷の可能性がある。長勝は浅野長政,ねねの義父。
R‐AC009 長束正家邸跡 築造年は定かではないが、長束正家の屋敷跡とされる。実際の屋敷跡は北へ550mほどの所といわれる。現在は住宅地となっている。長束正家の出身地として尾張国説と近江国説がある。

丹羽郡
大口町

R‐AC010 堀尾氏邸宅跡 鎌倉時代に尾張国へ下向した堀尾氏によって築かれたとされる。戦国時代の堀尾吉晴までの堀尾家代々の邸宅跡であり、現在の八劔神社一帯に築かれていた。神社北に「裁断橋」が復元されている。
瀬戸市 R‐AC048 水野代官所跡 1781年、尾張藩の藩政改革により設置され、春日井郡と愛知郡を中心とする111ヶ村を統括した。初代代官は水野正恭である。水野小学校の校門横に石碑が建つ。
東海市 R‐AC041 尾張藩横須賀御殿跡 1666年、尾張藩主の徳川光友が御殿「臨江亭」を築いた。その後、1785年に代官屋敷が置かれた。一旦廃止されたが、1811年には復活し明治維新まで続いた。現在は工場,店舗,住宅などに変わり遺構はない。

知多郡
武豊町 

R‐AC032

 岩田氏居館跡
〔武雄神社〕

鎌倉時代に岩田朝弘が当地にきて館を構え、武士と神官を兼ねた。現在は武雄神社となる。

知多郡
美浜町

R‐AC045 長田屋敷跡 平治年間の長田忠致,景致父子の屋敷跡と伝えられる。野間大坊の東側に位置する。現在は宅地,田畑となり遺構は残されていない。
刈谷市  R‐AC015 重原陣屋跡 陸奥福島藩の板倉勝長が三河国に1万石の所領を得ることとなり、1792年に下重原村に陣屋を築いた。
R‐AC043 加藤与五郎生家跡 加藤与五郎は1872年、刈谷市野田町西屋敷の農家に生まれた。生涯約300件の特許を取得し、特に、フェライト磁石,フェライト製コア,アルミナは加藤の世界的な三大発明とされる。「フェライトの父」と賛辞され、「日本のエジソン」とも呼ばれる。
R‐AC046 椎の木屋敷跡 刈谷城本丸の東の高台にある。於大の方が岡崎城の松平広忠に嫁ぎ、竹千代を出産した後、離縁され刈谷に戻った際にこの屋敷に一時住んだとされる。江戸時代には禁足地扱いされていた。
R‐AC047 文礼館跡 1783年、刈谷藩主の土井利徳が美濃国の儒学者の秦子恭を招聘して開いた藩校である。一時期途絶えたが、1868年に再興されて1871年まで続いた。現在は刈谷市立亀城小学校となっている。
岡崎市 R‐AC012 奥殿陣屋跡 工事中
R‐AC033 西大平藩陣屋跡 大岡忠相が西大平1万石の大名となり設置した陣屋跡。明治時代に復元。
R‐AC052 中島陣屋跡 1697年、小笠原長定が構えた陣屋である。小笠原長功の1869年まで存続した。現在は宅地化されて、陣屋にあった常夜灯が近隣の八幡社に移設されている。

愛知郡
東郷町

R‐AC042 達智屋敷跡 1389年頃に祐福寺の再建に尽力した達智賢了上人の屋敷跡である。位置は定かではないが、東郷町ふれあい広場辺りかと考えられている。遺構は残されていない。
豊田市 R‐AC001 松平氏館跡 松平氏,徳川氏発祥の地である。初代松平親氏はこの居館を拠点として勢力を拡大した。松平信広は宗家と分かれ、この地で太郎左衛門家を継ぐ。現存する水濠や石垣は9代の尚栄によって築かれた。1619年には松平東照宮を祀った。
R‐AC002

今朝平村古屋敷跡
(今朝平城跡)

築城年は定かではないが、原田権左衛門によって築かれたとされる。四段の削平地のうち一番下の段(曲輪)には八幡神社があり、後醍醐天皇の皇子・行良親王が袈裟を掛けたと伝える「袈裟掛け岩」がある。
R‐AC003 旧鈴木家住宅 工事中
R‐AC016 代官屋敷跡 築造年代は定かではないが、板東作右衛門の居館とされる。1571年あるいは1574年の武田氏の来襲により落城したとされる。南へ張り出した比高20mの丘陵先端頂部に築かれ、主郭とその下は帯曲輪状の緩斜面がある。
R‐AC017 則定陣屋跡 1600年に鈴木重次によって則定川北岸に築かれた陣屋の跡。
R‐AC035 保久陣屋跡 1651年に近江膳所城主石川忠総の7男の石川総氏によって築かれた陣屋の跡。
R‐AC036 酒呑陣屋跡 1625年に酒呑城主の鈴木友之助重氏が構えた陣屋の跡。現在は民家が建つ。
西尾市 R‐AC004 旧近衛邸 江戸時代後期に島津斉彬の養女が摂家筆頭の近衛忠房に嫁いだ縁で、島津家によって京都御所の北に建てられたものを1995年に移築した。書院と茶室から成る。
R‐AC005 岡山陣屋跡 天正年間の吉良義定の居館が始まりであるが、関ヶ原の戦いで東軍に属し高家筆頭の家格を付与され義弥が構えた陣屋の跡。
R‐AC040 姫山陣屋跡 慶長年間に吉良義定によって岡山陣屋とともに支所として築かれた。元禄事件により吉良家が断絶した後は、津田氏に引き継がれ、岡山陣屋に統合されて廃屋となった。石垣の一部が残るのみである。
R‐AC049 貝吹陣屋跡 1854年、陸奥国福島藩の板倉勝顕が三河国の飛地に設立した陣屋である。代々、名倉氏が代官を務め明治維新を迎えた。現在も名倉氏の住居となっており、県道側には黒塀が続いている。
R‐AC050 下永良陣屋跡 1705年、諏訪頼秋が幡豆,碧海,宝飯の22ヶ村5000石を賜り、この地に構えた陣屋で明治まで存続した。実務は代官が行ったとされる。現在は民家に変わり周囲に石垣が残る。
R‐AC051 小牧陣屋跡 1703年、上総国大多喜藩主となった大河内松平正久が、ここ小牧に陣屋を構えた。現在は畑地,住宅に変わり遺構は残されていないが、一画に石で築かれた冠木門と説明板が設けられている。
新城市 R‐AC027 嶋田氏陣屋跡 1625年に旗本の嶋田成重が三河国設楽郡中市塲を拝領した際に旧代官屋敷を陣屋とした。
R‐AC028 野田館跡 11世紀末頃、藤原季兼が依田氏を滅ぼし野田館を築いて千秋氏を名乗った。その後、千秋氏に代わり富永親兼に始まる三河富永氏が入る。
R‐AC029 設楽氏居館跡 994年に伴助高が八名,設楽両郡の郡司となり設楽氏を名乗り、鎌倉時代に居館を築いた。
安城市 R‐AC037

保科正直屋敷跡
(正法寺)

保科正直は当初武田信玄に仕えたが、武田滅亡後は北条氏に帰属し、さらに徳川家康に仕えて1584年頃に山崎村に知行地を与えられた。現在の正法寺の境内にあたる。
R‐AC038 安城陣屋跡 1698年、旗本の久永信豊が安城村に陣屋を構えた。1871年の廃藩置県までの173年間、久永領の行政の中心地であった。
R‐AC039 石川丈山屋敷跡 1530年頃に石川信治が三河国碧海郡泉郷の地を得て屋敷を築いたとされる。信治の後、正信,信定,信英が居住し1590年に廃屋となった。石川丈山はここで生まれ、跡地は丈山苑となっているが遺構は残されていない。
田原市 R‐AC026 一色七郎邸跡 渥美郡の領主だった一色政照が応仁の乱後に渥美に戻り隠居屋敷を築いた。
豊川市 R‐AC025 御油本陣跡 東海道五十三次の35番目の宿場で鈴木半左衛門が営んでいた本陣の跡。

北設楽郡
設楽町

R‐AC006 万場庄司館跡 築造年は定かではないが、名倉荘の荘官の居館と伝えられている。館跡には現在民家が建っている。館跡の後方高台に大屋敷と呼ばれる削平地が在る。
R‐AC007 道満館跡 1559年頃、岩尾から移り住んだ菅沼道満の屋敷跡とされる。道満は1575年の長篠設楽ヶ原の戦いで討死したという。のちに稲荷神社の境内となっていたが、現在は鳥居だけが残っている。
R‐AC053 荒尾館跡 1435年頃、菅沼満成が岩古谷山山頂に岩古谷城を築いたが、平時は西麓の荒尾館に居住したといわれる。現在の館跡は菅沼満直が祀った円覚稲荷となっており、満直の石碑と宝篋印塔がある。

北設楽郡

豊根村

R‐AC054 熊谷家住宅 18世紀前半に建てられた(1744年以降の祈祷札が残されている)もので江戸時代に庄屋を務めた熊谷家の住宅である。つて酒造業を営んでいた商家でもある。主屋,穀倉,新倉土蔵は国の重要文化財に指定されている。

 

所在地 No. 史跡名

ワンポイント・メモ

指定
高山市 R‐GF001 高山陣屋 工事中
岐阜市 R‐GF002 織田信長居館跡 工事中
大垣市 R‐GF012 西高木家陣屋跡 1601年、旗本の高木貞利によって築かれ1868年まで存続した。伊勢街道側の段丘崖を中心に石垣群が構築され、埋門も整備されている。下屋敷御門を移築した長屋門が残されている。
R‐GF013 北高木家陣屋跡 1601年、高木貞俊が1,000石を与えられ北高木家の祖となり14代貞栄の明治時代まで続く。東高木家陣屋との境の旧伊勢街道沿いに石垣が残る。
R‐GF014 東高木家陣屋跡 1601年、高木貞友が1,000石を与えられ東高木家の祖となり11代貞嘉の明治時代まで続く。唯一の現存建物として白壁造りの土蔵が残されている。
R‐GF015 桑原家住宅 関ヶ原の合戦後に尾張藩の在郷武士となった桑原氏が住宅を建て代々名主を勤めた。

本巣郡
北方町

R‐GF003 北方陣屋跡 1668年、旗本戸田光直(光賢)に分知された5,000石の陣屋で明治まで存続した。現在の大井神社の南一帯といわれている。役所を中心に米庫,道場,学問所などがあり、その周囲に奉行,代官などの家臣の屋敷が置かれていた。
土岐市 R‐GF004 妻木城士屋敷跡 1601年、妻木頼忠はこの地域を与えられ、妻木城北麓に屋敷群を建てた。3代頼次が跡継ぎの無いまま死去したため妻木氏本家は断絶し屋敷も放棄された。緩斜面に3段に普請された石垣と上段の城主居館に残存する井戸跡,庭園跡,門跡が残されている。
瑞浪市 R‐GF005 小里陣屋跡 御殿場とも呼ばれ小里城の北麓にある。
R‐GF016 一日市場館跡 美濃源氏土岐氏一族発祥の地とされる。築造年代は定かではないが、源頼朝に従い仕えた源光衡が土岐氏の祖となって一日市場館を築いたとされる。現在は八幡神社境内となり、北側に土塁が残されている。
恵那市 R‐GF017 明知陣屋跡 1615年、明知遠山氏の遠山方景によって築かれた。1678年の遠山伊清の代には江戸定府の旗本とされたため、以降は村上氏が代官として明治に至った。大手門脇に水堀が残り、村上氏の屋敷と土蔵が残っている。
多治見市 R‐GF009 多治見国長邸跡 美濃守護土岐頼貞の一族である多治見次郎四郎国長の館跡。国長は正中の変で討死。
美濃加茂市 R‐GF011 根本御殿屋敷跡 工事中
可児市 R‐GF006 千村陣屋跡 浪人となっていた千村良重が関ヶ原の戦いで功を挙げ4400石を与えられ旗本となり久々利に陣屋を構えた。
R‐GF007 春秋園庭園 春秋園は千村家の西荘という千村氏屋敷北側にあった庭園。
R‐GF008 徳野陣屋跡 平岡頼勝は浪人した後に徳川家康に仕え一万石を賜り、1604年に徳野に陣屋を構えた。
R‐GF010 岡田将監屋敷跡 関ヶ原の戦いで家康に味方し加藤清正の軍で戦功をあげ、下切城の東の麓に屋敷を構えた。

 

所在地 No. 史跡名

ワンポイント・メモ

指定
津市 R‐ME001 北畠氏館跡 1342年に北畠顕能によって築かれた居館である。
R‐ME002 北畠氏館跡庭園 北畠晴具の義父の管領細川高国が造った池泉観賞様式の武家書院庭園。
R‐ME005 六田館跡(東御所)跡 北畠氏の別邸ないし一族の館とみられているが築造年代,館主は定かではない。館跡の一角に雪姫伝説の大明神が祀られている。
伊賀市 R‐ME004 松尾芭蕉生家 1644年に生まれ、29歳まで過ごしたとされる松尾芭蕉の生家である。
鈴鹿市 R‐ME006 白子代官所跡 1634年、紀州藩によって伊勢国18万石の所領のうちの約5万石を支配するために奉行所が設けられ、1799年5月には代官所となった。現在の白子小学校付近に築かれていたが、遺構は残されていない。
亀山市 R‐ME003 野元坂館跡 鎌倉時代に辺法寺に居住した平家一族の伊藤景清の屋敷跡とされる。

 

北陸

所在地 No. 史跡名

ワンポイント・メモ

指定
福井市 R‐FU001 一乗谷朝倉館跡 工事中
敦賀市 R‐FU002 柴田庭園 工事中

 

所在地 No. 史跡名

ワンポイント・メモ

指定
輪島市 R‐IK001 上時国家 工事中
R‐IK002 下時国家 工事中

 

所在地 No. 史跡名 ワンポイント・メモ 指定
R‐TY001

 

近畿

所在地 No. 史跡名

ワンポイント・メモ

指定
大津市 R‐SG003 居初氏庭園 工事中
R‐SG006 源満仲館跡 源満仲が971年から10年余りを過ごしたとされる館跡と伝えられる。
R‐SG007 堅田藩陣屋跡 1698年に堀田正高が入封し堅田に陣屋を構えた。約130年間にわたり堅田藩主の陣屋がここにあった。
高島市 R‐SG002

足利義晴館跡
(秀隣寺庭園)

工事中
R‐SG004 朽木陣屋跡 工事中
R‐SG010 大溝陣屋跡 1619年に分部光信によって築かれた。陣屋の惣門がただ一つ現存する遺構である。

蒲生郡
日野町

R‐SG005 西大寺藩主市橋家邸跡 1620年に市橋長政が近江国蒲生,野洲両郡と河内国内に合わせて2万石を与えられ、かつての日野城跡に仁正寺陣屋を設置した。
東近江市 R‐SG008 伊庭御殿跡 徳川家光が京都へ上洛する際に休憩所として設けられた施設である。
彦根市 R‐SG009 大久保忠隣幽居跡 大久保忠隣小田原から京都へ出向いた途中、突如改易を申し渡され、近江国に配流されて井伊直孝に御預けの身となった。佐和山城跡の登り口にある。
野洲市 R‐SG001 妓王屋敷跡 平清盛の寵をえた白拍子である妓王(祇王)の生誕の地。
長浜市 R‐SG011 下坂氏館跡 下坂庄の国人領主であった下坂氏の館。浅井氏滅亡後に下坂氏は帰農するが、現在も下坂氏の子孫が居住する。
R‐SG012 三田村氏館跡 三田村氏の館であるが、姉川の合戦の際には越前から援軍として駆けつけた朝倉景建軍の本陣が置かれた。
R‐SG013 石田三成出生屋敷跡 1560年、石田三成はここで石田村で誕生した。石田屋敷の堀の一部遺構と伝えられる堀端池がある。

 

所在地 No. 史跡名

ワンポイント・メモ

指定
京都市 R‐KT001 桂宮邸跡 工事中
R‐KT002 一条邸跡 工事中
R‐KT003 近衛邸跡 京都御苑内にある五摂家の1つである近衛家の屋敷跡である。当時は御苑にある池の西側に大きな屋敷を構えていた。この地にあった近衛邸の建物は現在、愛知県西尾市の西尾城跡歴史公園に移築されている。
R‐KT004 有栖川宮邸跡 工事中
R‐KT005 鷹司邸跡 工事中
R‐KT006 西園寺邸跡 工事中
R‐KT007

中山邸跡
(明治天皇生誕地)

工事中
R‐KT008

皇女和宮生誕地
(橋本家跡)

工事中
R‐KT009 学習院跡 工事中

 

所在地 No. 史跡名

ワンポイント・メモ

指定
奈良市 R‐NR001 柳生陣屋跡 工事中
R‐NR002 柳生藩家老屋敷跡 工事中
R‐NR005 藤原仲麻呂屋敷跡 工事中

吉野郡
吉野町

R‐NR004 吉野西行庵 工事中

生駒郡
平群町

R‐NR006 松永久秀屋敷跡 工事中
明日香村 R‐NR003

甘樫丘
〔蘇我蝦夷,入鹿邸宅跡〕

工事中

 

所在地 No. 史跡名 ワンポイント・メモ 指定
R‐WK001

 

所在地 No. 史跡名 ワンポイント・メモ 指定
R‐OS001

 

所在地 No. 史跡名 ワンポイント・メモ 指定
R‐HG001

 

中国

所在地 No. 史跡名 ワンポイント・メモ 指定
R‐OY001

 

所在地 No. 史跡名 ワンポイント・メモ 指定
R‐HS001

 

所在地 No. 史跡名 ワンポイント・メモ 指定
R‐TT001

 

所在地 No. 史跡名 ワンポイント・メモ 指定
R‐SN001

 

所在地 No. 史跡名 ワンポイント・メモ 指定
R‐YC001

 

四国


所在地 No. 史跡名

ワンポイント・メモ

指定

板野郡
藍住町

R‐TS001 勝瑞城館跡 三好実休の居館跡と推定される。大規模な濠で区分けされた複数の曲輪からなる複郭式の館跡である。

 

所在地 No. 史跡名 ワンポイント・メモ 指定
R‐KG001

 

所在地 No. 史跡名 ワンポイント・メモ 指定
R‐EH001

 

所在地 No. 史跡名

ワンポイント・メモ

指定
高知市 R‐KC001 山内容堂公邸跡 公邸跡は、現在、鷹匠公園となっており石碑が建つのみで遺構は残されていない。1867年2月17日、当邸で西郷隆盛との会見があった。東側に旧山内家下屋敷長屋がある

 

九州・沖縄

所在地 No. 史跡名 ワンポイント・メモ 指定
太宰府市 R‐FK001 大宰府政庁跡 工事中

 

所在地 No. 史跡名 ワンポイント・メモ 指定
R‐SA001

 


所在地 No. 史跡名

ワンポイント・メモ

指定
長崎市 R‐NS001 大浦天主堂 工事中
R‐NS002 グラバー邸 工事中

 

所在地 No. 史跡名 ワンポイント・メモ 指定
R‐OT001

 

所在地 No. 史跡名 ワンポイント・メモ 指定
R‐KM001

 

所在地 No. 史跡名 ワンポイント・メモ 指定
R‐MZ001

 

所在地 No. 史跡名 ワンポイント・メモ 指定
R‐KS001

 

所在地 No. 史跡名 ワンポイント・メモ 指定
R‐OK001

 

page top

▲TOPへ戻る