木津城跡

きづじょうあと (Kizu Castle Ruins)

【C-KT007】探訪日:2022/6/8

【C-KT007】木津城跡 京都府木津川市城山台7丁目41-1

【MAP】

〔駐車場所〕

   築城年代は定かではないが、在地領主の木津氏によって築かれたとされる。1457(康正3)年には畠山義就の攻撃を受け、木津氏が自焼させたとある。応仁の乱の際には1470(文明2)年に大内政弘が山城南部に侵攻したため、大和国人の筒井順永らが大和国と山城国を繋ぐこの城を拠点としていた。1477(文明9)年に再度木津氏らが自焼した。その後、1568(永禄11)年に三好三人衆の1人・三好政康の勢力下にあったが、織田信長の入京後は使われなくなったという。
 城は標高107mの城山に築かれた単郭の城で、山頂部に広い方形に近い曲輪があり周囲には幅広い土塁が巡らされている。北は自然の谷で、北東,北西,南の尾根をそれぞれ堀切や横堀で遮断し一部には土橋を残る。
 近年周辺は宅地造成が進められ、城山は公園として整備されている。

【史跡規模】

【指 定】

【国 宝】 

【国重文】

関連時代 室町時代 戦国時代
関連年号 1457年・1470年・1477年 1568年
関連人物 系図 関連人物 系図 関連人物 系図
木津氏 **** 畠山義就 G366 大内政弘 OU09
筒井順永 MW21 三好政康 G466

 

【C-KT007】木津城跡
 

 

【C-KT007】木津城跡

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北東からの全景 西から見る 西側の眺望 主郭と西の土塁 主郭 西の土塁 南から見た主郭 南西から見た主郭 主郭 北西から見た主郭と東の土塁 北西の土橋 土橋 横堀 横堀 横堀 西の土橋 横堀 横堀 西側の切岸