養寿寺

ようじゅじ(Yoju-ji Temple)

【T-AC130】探訪日:2026/1.28

【T-AC130】養寿寺 愛知県西尾市下矢田町郷2 <📲:0563-59-7350>

【MAP】

〔駐車場所〕参詣者用駐車場がある。

【T-AC130】養寿寺

    伝承によれば、806(大同元)年、勤操阿闍梨がこの地を訪れ、当時は海であった東方の砂浜に霊亀が休み、その背に弁財天が座っているのを見て、堂を建立したという。山号は亀休山という。本尊は阿弥陀如来。
 当初は天台宗だったが、1461(寛正2)年に浄土宗に改宗し、彰空宗永上人が堂宇を再興して西山派となった。
 境内には江戸期の建造物が数多く存在し、1683(天和3)年に鐘楼門,1699(元禄12)年に山門、1851(嘉永4)年には大本堂が建立され、江戸時代中期建立の地蔵堂などもある。
 絹本著色楊柳観音像,絹本著色地蔵菩薩像絵画,雲版は愛知県指定有形文化財(いずれも西尾市岩瀬文庫に所在)、鐘楼門,蓮鷺絵画などは西尾市指定有形文化財となっている。
 また、毎年、旧暦2月15日頃(3月の最終土・日曜日)に行われる涅槃会は、読経に合わせて笙・笛・太鼓などの管弦が奏される「矢田のおかげん」として、江戸時代から親しまれている。

【史跡規模】

【指 定】

【国 宝】 

【国重文】

関連時代 平安時代:前期 室町時代 江戸時代:前期 江戸時代:中期
関連年号 806年 1461年 1683年・1699年 1851年
関連人物 系図 関連人物 系図 関連人物 系図
勤操阿闍梨 **** 彰空宗永上人 ****


【T-AC130】養寿寺
 養寿寺のWikipediaをみると「文明年間(1469~86年)頃、本堂南側の墓地に徳川家康の大伯母であり、吉良義安夫人である矢田姫が埋葬された。」とあるが、矛盾がある。矢田姫は、家康の大叔母、すなわち松平清康の姉妹となるが、清康は1511年から1535年の人で、文明年間と時代が合わない。また、矢田姫の名は家康の妹として知られており、長沢松平康忠(1546~1618年)の正室となっている(墓地は岡崎法蔵寺にある)。さらに、吉良義安(1536~69年)の正室は吉良持広娘で、側室が家康の叔母・俊継尼とされている。


【T-AC130】養寿寺

【T-AC130】養寿寺 ※本サイトの写真は転用可です(画像をピックすると拡大、コメント表示されます)

山門 山門 境内 鐘楼門 大本堂 延命地蔵堂 塔跡? 矢田姫墓所とされる 駐車場側の入口(境内南側) 再生された弁天池