愛宕山城跡

あたごやまじょうあと(Atagoyama Castle Ruins)

【C-SZ162】探訪日:2025/3.24・4.12

【C-SZ162】愛宕山城跡 静岡県静岡市葵区沓谷924

【MAP】

〔駐車場所〕

   築城年,築城者は定かではないが、1504(永正元)年に今川氏親が府中館を守る目的で築いたともいわれる。なお、城跡が存在する沓谷郷は1439(永享11)年に今川義忠家臣の朝比奈妙光が地頭職を安堵され、今川氏真の時代まで続いた。ただ、今川氏が滅んだ後の1570(元亀元)年には、徳川家康が愛宕山上に山城国の愛宕神社を勧請して勝軍地蔵を祀る愛宕神社を建立している(完成年は不明)。城の縄張りから見て、今川氏以降の徳川氏もしくは武田氏による築城(大規模改修)と考えるのが妥当とされる。
 城は東西2kmの谷津山丘陵の東端(標高87m,比高74m)に位置し、城域は東西250m,南北300m以上に広がる。愛宕神社のある最高地が本曲輪となる。西の龍雲寺方面からの参道が大手道であり、幾段かの腰曲輪が付けられており、最上段の腰曲輪からは南の腰曲輪dへと行くことができる。なお、南東の長沼方面からも登城が可能である。本曲輪の北側が二の曲輪となり、その虎口下には腰曲輪cを備える。この腰曲輪を北から西へ回り込むと堀切があり、堀切底の先は腰曲輪dへとつながる。また、北の4つの支尾根上には大型の堀切が設けられている。なお、二の曲輪の東側には大土塁があったが、公園整備の際に消失したという。南東側の登城路の抑えには本曲輪の南側の三の曲輪が機能していたと考えられる。曲輪の西側には大土塁が残されている。

【史跡規模】

【指 定】

【国 宝】

【国重文】

関連時代 室町時代 戦国時代
関連年号 1439年 1504年・1570年
関連人物 系図 関連人物 系図 関連人物 系図
朝比奈妙光 F434 今川氏親 G360 徳川家康 TG01


【C-SZ162】愛宕山城跡



【C-SZ162】愛宕山城跡


愛宕山城縄張図(『静岡県の城跡 中世城郭縄張図集成(中部・駿河国版)』に加筆)

【C-SZ162】愛宕山城跡 ※本サイトの写真は転用可です(画像をピックすると拡大、コメント表示されます)

西側の段郭(腰曲輪a)の最上段 西側の段郭(腰曲輪a)の最上段 三の曲輪の西下の腰曲輪b 三の曲輪の西下の腰曲輪b 三の曲輪の西下の腰曲輪b 小堀流の石灯篭 二の曲輪 二の曲輪 二の曲輪から見た本曲輪 二の曲輪 二の曲輪 二の曲輪の虎口 虎口下の腰曲輪c 腰曲輪西の堀切 堀切の先の腰曲輪d 腰曲輪d(二の曲輪の北下) 堀切 二の曲輪の東下の段状曲輪 堀切 三の曲輪 本曲輪へ 本曲輪 愛宕神社 愛宕神社 愛宕神社 本曲輪 本曲輪から二の曲輪を見下ろす 本曲輪 長沼口からの登り口 長沼口からの登り口