長源院

ちょうげんいん (Chogen-in Temple)

【T-SZ032】探訪日:2026/4.12

【T-SZ032】長源院 静岡県静岡市葵区沓谷1丁目24-1 <📲:054-248-1224>

【MAP】

〔駐車場所〕参詣者用駐車場がある。

【T-SZ032】長源院

   1488(長享2)年、覚山見知によって開山された。1518(永正15)年には、寺の地所を寄進し伽藍成就に尽力した朝比奈泰以が亡くなり、寺内に葬るとともに開基とした。1523(大永3)年正月16日、開山の覚山見知が示寂。
 大森山長源院は、茨城県笠間市箱田にある国見山鳳台院の末寺である。覚山見知の示寂後も代々高徳の僧が在住して寺門が栄え、新たな寺を建立して開祖となり、末寺も多く全国20数ヶ寺に及んだ。
 1567(永禄11)年に今川氏真が駿府から敗走し朝比奈氏も没落すると、長源院は庇護者を失ったが、駿府城を居城とするようになった徳川家康が鷹狩りのときに長源院に立ち寄るようになる。家康は鷹狩りの際、本寺が谷津山山麓にあったので「山脇に行け」といい、それがそのまま山脇という地名になったといわれている。8世・泰岳是安は学僧で、徳川家康に法話を行い、家康も師を手厚くもてなした。家康は長源院へ寺領を寄進しようとしたが、泰岳是安は、人の施しによって修行するのが仏の道だからと、ことごとくそれを辞退した。その無欲なことに家康は深く感動し、代わりに般若経600巻,兆殿司の描く十六善神の画像を贈ったといわれている。ただ、長源院は草創以来、3度の火災に遭い、家康ゆかりの遺品のほかは、寺宝,古記録等のいっさいを焼失している。1628(寛永5)年には松平重成室(松平家忠娘)が伽藍を再建し、山門の中興の祖となった。
 山門前には、家康直筆の鋸碑「大森山脇」「長源禅寺」がある。本堂には東照大権現(徳川家康)の位牌が安置され、家康から寵臣の山田常賀に下賜された印籠・常賀は本堂に寄進され、寺宝とされている。また、天井には江戸時代住職が駿府城参代に使用したといわれる駕篭と、葵の紋章入りの葛籠がかかっている。このほか、境内には、書院,地蔵堂,客殿,庫裏,鐘楼堂,山脇殿,法要堂が建つ。
 また、開山・覚山見知和尚,開基・朝比奈泰以の墓塔をはじめ、家康の寵臣で駿府の町割りを行い今日の静岡市の基礎を築いた彦坂九兵衛とその一族,駿府城代の松平康重,松平内膳正,菅沼織部正,浅野中務少輔、駿府城重臣の土岐朝昌,駒井馬、与力同心の今井,河野,田代の名家、ほかに江戸から駿府に移住した旗本侍達など歴史を語る数々の墓塔がある。

【史跡規模】

【指 定】

【国 宝】

【国重文】

関連時代

室町時代

戦国時代 江戸時代:前期
関連年号

1488年

1518年・1567年 1628年
関連人物 系図 関連人物 系図 関連人物 系図
覚山見知 **** 朝比奈泰以 F434 徳川家康 TG01
松平家忠娘 MT10


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山門(家康直筆の鋸碑「大森山脇」「長源禅寺」がある) 本堂