揖斐北方城跡
いびきたかたじょうあと(Ibi Kitakata Castle Ruins)
【C-GF099】探訪日:2026/5.17
岐阜県揖斐郡揖斐川町北方
【MAP】
〔駐車場所〕主郭の下まで車で行くことができる。また、途中の登り口にも駐車場がある。
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築城年は定かではないが、建武・延元年間(1334~40年)の頃に吉田休三入道が築いたとされる。
1336(建武3)年、後醍醐天皇が比叡山に行幸され、比叡山を南朝の策源地として再度挙兵した。越前金ヶ崎城が落ちると、新田氏の一族・堀口美濃守貞満は根尾谷に退き、根尾城主・根尾入道,岐礼の豪族・山本貞元,北方城主・吉田休三入道,長峯城主・山岸新左衛門光頼らと相呼応し北朝に抗し、この時、吉田休三入道は北朝方の美濃の土岐氏と戦ったという。その後の城の歴史は定かではない。
揖斐川の東の標高210m,比高130mの丘陵山頂を主郭とし、東側には堀切、その先に出丸があったとされる。主郭は現在、城山公園となり、春には桜の名所になっている。主郭を取り巻くように各所に腰曲輪のような削平地が確認できるが、往時の遺構か後世の加工かははっきりしない。
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【史跡規模】
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【指 定】揖斐川町指定史跡(1967年12月14日指定) 【国 宝】 【国重文】 |
| 関連時代 | 南北朝時代 |
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| 関連年号 | 1334~40年 |
| 関連人物 | 系図 | 関連人物 | 系図 | 関連人物 | 系図 |
|---|---|---|---|---|---|
| 吉田休三入道 | **** |
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