池田恒利墓所
いけだつねとし ぼしょ(Grave of Ikeda Tsunetoshi)
【K-GF040】探訪日:2026/5.17
岐阜県揖斐郡池田町本郷1338-1
【MAP】
〔駐車場所〕
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1538(天文7)年に享年30で没した紀伊守・池田恒利の墓所である。没年を1548(天文17)年とする説もある。稲葉一鉄(良通)が建立した養源院の跡地一画に稲葉家一族の墓とともにある。
池田恒利は、織田信長の乳兄弟・池田恒興の父である。その出自については、源頼光の子孫である摂津池田氏の後裔,摂津の国人・池田十郎教正の後裔,近江国甲賀郡の滝川氏の出など諸説あり、はっきりしない。恒利は河内・摂津を流浪したのちに足利義晴に仕え、致仕後、尾張国に閑居したという。そこで近江国の池田氏の娘(養徳院)と結婚して池田氏を称した。
1536(天文5)年には恒利と養徳院との間に嫡男の恒興(信輝)が生まれ、出産後、養徳院は織田信秀の嫡男・吉法師(信長)の乳母となった。
その後の恒利の経歴は不明であるが、『寛政重修諸家譜』によれば、恒興の生後間もない1538年に没したという。恒利の墓は、一時所在不明だったが1821(文政4)年に再発見された。