平岡八幡宮

ひらおかはちまんぐう(Hiraoka Hachimangu Shrine)

【S-KT014】探訪日:2026/6.14

【S-KT014】平岡八幡宮 京都府京都市右京区梅ケ畑宮ノ口町23 <📲:075-871-2084>

【MAP】

〔駐車場所〕

【S-KT014】平岡八幡宮

   809(大同4)年12月10日、神護寺の鎮守として空海が豊前国の宇佐八幡宮から勧請し、空海自らが描いた僧形八幡神像を御神体として創建されたと伝えられている。山城国最古の八幡宮でもある。1407(応永14)年に焼失後しばらく荒廃していたが、足利義満の奥方が女官とともに高雄へ紅葉狩りに訪れた際に、荒れ果てた八幡宮の姿に心を痛めたことが社殿を再興するきっかけとなり、義満によって再建されたという伝承がある。
 現在の本殿は1826(文政9)年に造営されたものである。京都市内に現存する数少ない切妻造の本殿の一つである。本殿天井には極彩色の花卉図が44面描かれており「花の天井」と呼ばれ、更に内法長押には熨斗に包まれた梅や椿が描かれるなど装飾性の強い空間になっており、これら彩色画を描いたのは綾戸鐘次郎藤原之信である。本殿前にあるブナ科のツブラジイは、京都市では最大径級のシイで、樹齢約600年以上である。このほか、源為朝が矢で射抜いたといわれる「為朝の試し石」がある。
 境内には相撲場があり、毎年10月の祭礼では『三役相撲』(京都市指定無形民俗文化財)が行われ、地元の子供と大人が取り組み、神の加護を受けた子供が勝つという古くから伝わる神事である。

【史跡規模】

【指 定】

【国 宝】 

【国重文】

関連時代 平安時代:前期 室町時代 江戸時代:中期
関連年号 809年 1407年 1826年
関連人物 系図 関連人物 系図 関連人物 系図
空海 SE01 足利義満 G332 源 為朝 G201


【S-KT014】平岡八幡宮  



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相撲場 右側が「為朝の試し石」 武内社 山の神石 地主社