勝手神社

かってじんじゃ(Katte Shrine)

【S-NR023】探訪日:1990/11.17・2026/7.11

【S-NR023】勝手神社 奈良県吉野郡吉野町吉野山2354 <📲:0746-32-3024(吉水神社)>

【MAP】

〔駐車場所〕

【S-NR023】勝手神社

   創建年代は定かではないが、『日雄寺継統記』では孝安天皇6年(紀元前386年)とする。現在の主祭神は天忍穂耳命とされ、大山祇命,久久能智命,木花佐久夜比咩命,苔虫命,葉野比咩命が配祀されている。
 吉野大峰山の鎮守社である吉野八社明神の一でかつては勝手明神と呼ばれた。吉野川水源に当たる青根ヶ峰は古くから水神として崇敬を受け、山頂付近の奥千本に金峯神社、山腹の上千本に吉野水分神社、山麓の中千本に勝手神社が建てられた。勝手は「入り口・下手」を意味するともいい、その字面から勝負事や戦の神としても信仰された。吉野山の入り口に位置することから山口神社ともいわれた。
 吉野(宮滝遺跡)に行宮を置き挙兵した大海人皇子が社殿で琴を奏でたところ、天女が舞い降り5度袖を振りつつ舞ったと吉兆を伝えられ、背後の山は「袖振山」と称する。また、この故事が宮中の「五節舞」の起源という。
 平安時代末期の1185(文治元)年暮れには、追っ手に捕らわれた源義経の妻女・静御前が境内にて舞を見せ、荒法師たちを感嘆させたという。
 流造檜皮葺,桁行八間・梁間二間の本殿は、2001(平成13)年に不審火によって焼失したため、ご神体は向かいの吉水神社に遷座し、本殿再建のための寄付金が募られた。2025(令和7)年10月には朱色の新本殿が完成し、ご神体も14年ぶりに元の遷座地に戻った。

【史跡規模】

【指 定】

【国 宝】

【国重文】

関連時代 伝承の時代(古墳時代:前期) 飛鳥時代 平安時代:後期
関連年号 孝安天皇6年(紀元前386年) 672年 1185年
関連人物 系図 関連人物 系図 関連人物 系図
大海人皇子 K307 静御前 ****


【S-NR023】勝手神社



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1990年撮影 2025年10月完成の新本殿 消失前の1990年撮影(残念ながら本殿は撮影していなかった)