四方正面堂跡
しほうしょうめんどうあと(Shihoshomendo Ruins)
【T-NR057】探訪日:2026/7.11
奈良県吉野郡吉野町吉野山
【MAP】
〔駐車場所〕
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創建時期は定かではない。明治時代の廃仏毀釈までは「吉野山の奥の院」と呼ばれ、約8m四方の建物であった。その名の通り、四面を正面とする考え方で、建物の四面に観世音菩薩,不動明王,愛染明王,地蔵菩薩が一体ずつ配置されており、どの面からも尊像を拝むことができる堂宇であった。
建物は廃仏毀釈により、金峯神社造営のための普請小屋として移築されてしまい、現在は平坦地となっている。また、古絵図にはこの辺りが「役行者御母公廟所」とあり、四方正面堂が廟所と思われ、移築の際には母公像とされる都藍尼像が桜本坊へ移された。
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【史跡規模】
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【指 定】 【国 宝】 【国重文】 |
| 関連時代 | 平安時代:前期? | 明治時代 |
| 関連年号 |
| 関連人物 | 系図 | 関連人物 | 系図 | 関連人物 | 系図 |
| 円 |
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