豊太閤花見塚
ほうたいこうはなみづか(Hotaiko Hanami-zuka)
【Z-KN019】探訪日:2026/7.11
奈良県吉野郡吉野町吉野山3289
【MAP】
〔駐車場所〕
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1594(文禄3)年2月27日(新暦4月17日)、関白・豊臣秀吉は五大老の徳川家康,宇喜多秀家,前田利家,伊達政宗の諸大名、そして豊臣秀次,豊臣秀頼(1歳),北政所,淀殿など総勢5,000人で花見を楽しんだ場所である。
秀吉は、吉水院(現在の吉水神社)に本陣を構えたが、3日間、雨続きとなり、秀吉は苛立って「雨が止まなければ、吉野に火を掛けて下山する」と脅したことから京都聖護院の僧・道澄が吉野全山の僧に夜通し晴天祈祷を命じた。その甲斐あって(?)、翌日には雨が止み晴れとなり、盛大な花見が催された。一行は吉野に5日間滞在し、歌の会,茶の会,能の会などが催された。
花見塚は吉野山の本筋の尾根から外れた場所にあり、大きな谷を隔てた向かいに下千本から上千本までの尾根筋が一望できる。
また、南へ600mほど行った所に花見での茶の湯で利用されたという小判井戸がある。
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【史跡規模】
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【指 定】 |
| 関連時代 | 安土桃山時代 |
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| 関連年号 | 1594年 |
| 関連人物 | 系図 | 関連人物 | 系図 | 関連人物 | 系図 |
|---|---|---|---|---|---|
| 豊臣秀吉 | ZZ01 | 道澄 | **** |
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上:豊公吉野花見図屏風・下:京都市立芸術大学による一部模写(赤丸に豊臣秀吉が描かれている)