吉野神宮

よしのじんぐう(Yoshino Jingu Shrine)

【S-NR028】探訪日:2026/11.1

【S-NR028】吉野神宮 奈良県吉野郡吉野町吉野山3226 <📲:0746-32-3088>

【MAP】

〔駐車場所〕参詣者用駐車場がある(1時間以内は無料)。

【S-NR028】吉野神宮

   1889(明治22)年6月22日、明治天皇の意向で後醍醐天皇を祀る官幣中社・吉野宮の創建が決定され、1892(明治25)年に社殿が竣工して、吉水神社から後醍醐天皇像を移して遷座祭が斎行された。
 南朝の後村上天皇は、父の後醍醐天皇が1339(延元4)年に崩御した後、その像を吉野・吉水院に安置し、以降は仏教式の供養が行われていた。明治時代に入って神仏分離が行われると、1873(明治6)年、吉水院は後醍醐天皇を祭神とする後醍醐天皇社という神社に改められ、2年後に吉水神社と改称した。この時、太政官政府は官費(国費)で後醍醐天皇を祭神とする別の神社を創建する考えを表明したが、そのまま棚上げとなり、明治天皇の決断まで時が流れた。
 1901(明治34)年8月8日には官幣大社に昇格し、1918(大正7)年に吉野神宮に改称された。1923(大正12)年には境内が拡張され、1927(昭和2)年に現・本殿が上棟、祝詞舎が完成する。翌1928(昭和3)年、現・拝殿が竣工する。さらに、1929(昭和4)年には神門、1930(昭和5)年には大鳥居が竣工する。本殿・拝殿・神門はかつて後醍醐天皇が京都の御所への帰還を熱望していた心情を汲んで、京都の方角を向き、北向きに建てられている。総檜造で近代神社建築の代表とされる。1948(昭和23)年、神社本庁の別表神社に加列されている。
 なお、吉野神宮付近は丈六平といわれ、1333(元弘3/正慶2)年、鎌倉幕府方の二階堂道蘊(貞藤)が吉野城を攻めたときには、ここを陣地としたとされる。

【史跡規模】

【指 定】

【国 宝】

【国重文】吉野神宮 26棟3基(建造物)(2022年9月20日指定)

        本殿(附 棟札1枚)    ・祝詞舎   ・楽舎 2棟  ・裏門及び透塀 ・神庫
      拝殿    ・廻廊 2棟  ・内玉垣(南・東・西各門1所付) ・神門(脇扉附属)
      神符授与所 ・宿衛舎   ・参集殿   ・表手水舎  ・裏手水舎
      摂社御影神社本殿     ・摂社船岡神社本殿     ・摂社瀧櫻神社本殿
      摂社拝殿(両脇玉垣附属) ・東門    ・外玉垣(西門1所付)
      修祓所 1基 ・神饌所   ・井戸屋形  ・制札屋形
          大鳥居 1基(附 石玉垣2基)・裏鳥居 1基(玉垣附属)

関連時代 明治時代 大正時代
関連年号 1892年 1918年
関連人物 系図 関連人物 系図 関連人物 系図
明治天皇 K701 後醍醐天皇 K401


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吉野神宮境内案内図(現地説明板より)

【S-NR028】吉野神宮 ※本サイトの写真は転用可です(画像をピックすると拡大、コメント表示されます)

参道入り口の鳥居 大鳥居 表手水舎 神門 三摂社 拝殿 拝殿 幣殿 東手水舎と東門 西の鳥居