北条仲時一行墓所〔蓮華寺〕
ほうじょうなかときいっこう ぼしょ〔れんげじ〕(Graves of the Hojo Nakatoki Party[in Renge-ji Temple])
【K-SG008】探訪日:1992/4/25・2016/10/17
滋賀県米原市番場511
【MAP】
〔駐車場所〕
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1333(元弘3/正慶2)年、後醍醐天皇の綸旨を受けた足利尊氏に攻められた六波羅探題北方の北条仲時は、持明院統の光厳天皇,後伏見上皇,花園上皇を伴い東国へ落ち伸びる途中、佐々木道誉に行く手を塞がれ、やむなく蓮華寺へ至り、天皇と上皇の玉輩を蓮華寺に置いた後に、本堂前で一族郎党432名とともに自刃した。その際に血が川のようになって流れたと伝わる。時の住持の同阿上人が彼らを憐れみ、法名を与え丁重に葬った。寺内にあるその主従の墓とされる一石五輪塔群は近代になってから整備されたもので、別に向かいの六波羅山とよばれるところの麓に五輪塔がある。
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【史跡規模】
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【指 定】 |
| 関連時代 | 鎌倉時代 |
|---|---|
| 関連年号 | 1333年 |
| 関連人物 | 系図 | 関連人物 | 系図 | 関連人物 | 系図 |
|---|---|---|---|---|---|
| 北条仲時 | H178 | 光厳天皇 | K401 | 後伏見上皇 | K333 |
| 花園上皇 | K334 | 佐々木道誉 | G745 | 同阿上人 | **** |
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▲説明板

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▲北条仲時以下432名墓所

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▲六波羅山の五輪塔

▲六波羅山からの蓮華寺