唐古・鍵遺跡

からこ・かぎいせき (Karako-Kagi Ruins)

【V-NR004】探訪日:2009/10/31

【V-NR004】唐古・鍵遺跡 奈良県磯城郡田原本町大字鍵

  【MAP】

〔駐車場所〕

【V-NR004】唐古・鍵遺跡

   遺跡面積は約30万㎡と吉野ケ里遺跡に次ぐ広さを誇る弥生時代の遺跡。100次以上の発掘調査の結果、土器,木製品,ヒスイ,縦穴住居跡などはもとより、ムラを取り巻く5重の環濠や青銅器の鋳造炉跡など工房の跡地が発見されている。なかでも注目されたのは、1991(平成3)年に発見された楼閣の絵が描かれた土器の破片である。楼閣の絵は二階建ての高層建物を現した全国的にも類例のない建物絵画で、屋根に描かれた渦巻き状の飾りは我が国初の装飾屋根であったため、邪馬台国の楼閣と結びつける報道もなされた。遺跡の唐古池に復元している。このほかにも数多くの絵画土器が出土しており、そこからは鶏を飼育していた子と、準構造船の様子、また龍の絵からは中国からの影響を窺うことができる。
 弥生時代前期に遺跡北部,西部,南部の小高い丘に居住域が形成され始め、中期初期には集落が3ヶ所に分立し中期中葉には3ヶ所の居住域の周りに大環濠を掘削し一つの居住域に統合されている。内側の環濠は幅8m以上、その大環濠を囲むように幅4~5mの環濠が4~5重に巡らされ、これらの多重環濠群は居住区の外縁を幅150~200mで囲み、環濠帯を形成している。中期後半には環濠が埋没したが、環濠再掘削が行われ、環濠帯の広さも最大規模に再建された。集落南部で青銅器の製作が行われていた。
 しかし、古墳時代前期には大環濠の消滅がみられ居住域規模も縮小し、後期には遺跡中央部に前方後円墳が造られ墓域となって集落は消滅していったと考えられる。
 江戸時代には、唐古・鍵池が造られ、遺跡周辺は水田と化した。

【史跡規模】

【指 定】国指定史跡(1999年1月27日指定)
【国 宝】
【国重文】

関連時代 弥生時代:前期 古墳時代
関連年号
関連人物 系図 関連人物 系図 関連人物 系図

 

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▲復元楼閣