井伊家歴代墓所〔龍潭寺〕

いいけれきだい ぼしょ〔りょうたんじ〕(Graves of the Ii Family [in Ryotan-ji Temple])

【K-SZ002】探訪日:2013/5.3・2023/3.11

【K-SZ002】井伊家歴代墓所 静岡県浜松市北区引佐町井伊谷1989

【MAP】

〔駐車場所〕

【K-SZ002】井伊家歴代墓所

   龍潭寺北西に井伊家歴代の墓所がある。氏祖の井伊共保から24代井伊直政までが眠る。正面奥に1093(寛治7)年に84歳で亡くなった井伊共保と1560(永禄3)年に桶狭間の戦いで戦死した井伊直盛(その法名から龍潭寺と改称)の墓があり、その左右に歴代の当主、または当主の室の墓が並ぶ。
 向かって左列には、直盛の墓の前から室の祐椿尼、そして直盛の一人娘で一時期女領主として井伊家を支えた直虎こと次郎法師(1582年没)と、許婚でありながら結ばれることのなかった23代当主の直親(1562年没)の墓が並んで建っている。その横に奥山家から直親に嫁ぎ直政を産み、直親死後に松下清景と再婚したおひよが眠る。いちばん手前は直親とおひよの子・直政の墓である。徳川家康に認められ、のちの井伊家の繁栄の基盤を築いた直政は、関ケ原の戦いで活躍するもその時に受けた鉄砲傷がもとで1602(慶長7)年死去し、彦根で火葬されたのち龍潭寺に葬られた。
 なお、初代・共保の墓所は浜松市北区引佐町渋川に(井伊共保墓所)、また直親の墓所は同地区の渋川井伊氏一族墓所と都田川河畔にも存在する(井伊直親墓所)。

【史跡規模】

【指 定】

【国 宝】

【国重文】

関連時代 平安時代:後期 戦国時代 安土桃山時代
関連年号 1093年 1560年・1562年・1582年 1602年
関連人物 系図 関連人物 系図 関連人物 系図
井伊共保 F441 井伊直盛 F442 祐椿尼 ****
井伊直虎 F442 井伊直親 F442 奥山ひよ F444
井伊直政 F442

 

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井伊家歴代墓所

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