【C-AC414】羽豆崎城跡

羽豆崎城跡

はずさきじょうあと (Hazusaki Castle Ruins)

【C-AC414】探訪日:2021/6/8

【C-AC414】羽豆崎城跡 愛知県知多郡南知多町師崎明神山2

【MAP】

  

 

【C-AC414】羽豆崎城跡

 築城年代は定かではないが、羽豆神社社伝よれば元亨年間(1312~13年)に熱田大宮司の藤原摂津守親昌によって築かれたとされる(『日本城郭大系』では熱田神宮大宮司・藤原季氏)。後を猶子の藤原昌能が継ぐ。南北朝時代には南朝に属し、南朝方の東国と西国の往来に重要な役割を果たしていたと考えられる。1340(暦応3/興国元)年、脇屋義助は美濃国根尾城を落ちのび、本城に10日ほど逗留したのち伊勢に渡った。また、宗良親王が信濃から尾張に出てこの城に滞在し、海路伊勢を経由して吉野に向かったといわれる。1389(康応元)年頃には城主に蜂屋光経の名がある。
 1560(永禄3)年の桶狭間の戦いでは、城主・千秋季忠が佐々政次とともに今川軍に突入し戦死した。1600(慶長5)年の関ケ原の戦いの際には、徳川家康の命によって千賀孫兵衛重親とともに松平家信,小笠原信元・広朝兄弟,小笠原広勝が羽豆崎城の守備に赴いている。戦後、尾張藩船奉行となった千賀氏の所領となり、1602(慶長7)年には城は破却され、その古材を転用して千賀屋敷が建てられたという。
 城は知多半島最先端の三河湾に面した丘陵地にあり、渥美半島,鳥羽方面も一望できる。

【史跡規模】

【指定】
【国宝】

【国重文】

 

【C-AC414】羽豆崎城跡

関連時代 鎌倉時代 南北朝時代 戦国時代

安土桃山時代

関連年号

1312~13年

1340年・1389年 1560年

1600年・1602年

関連人物 系図 関連人物 系図 関連人物 系図
藤原親昌 F062 藤原季氏 F062 藤原昌能 F062
脇屋義助 G324 宗良親王 K501 蜂屋光経 ****
千秋季忠 F063 千賀重親 **** 松平家信 MT**
小笠原信元 G46* 小笠原広朝 G46* 小笠原広勝 G46*

 

【C-AC414】羽豆崎城跡
 北側登り口から羽豆神社へ向かう途中、展望台を過ぎたすぐのところに城址碑がある。すこし奥まったところにあるが案内板があるのでわかりやすい。この日、展望台からは目を凝らすとかすかに富士山を望むことができた(写真では確認できないが)。  

 

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【C-AC414】羽豆崎城跡 ※本サイトの写真は転用可です

 

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▲北側登り口

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▲城址碑近くの展望台

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