松平氏八代墓所〔大樹寺〕
まつだいらしはちだい ぼしょ (Graves of the Matsudaira Family, 8 Generations[in Daiju-ji Temple])
【K-AC186】探訪日:2005/1/8・2016/3/6・2021/4/26
愛知県岡崎市鴨田町広元5-1
【MAP】
〔駐車場所〕
松平氏の菩提寺である大樹寺に在る、初代・松平親氏,2代・松平泰親,3代・松平信光(1488年没),4代・松平親忠(1501年没),5代・松平長親(1544年没),6代・松平信光(1531年没),7代・松平清康(1535年没)そして8代・松平広忠(1549年没)の墓所である。親氏から信光の墓は宝篋印塔、親忠から清康の墓は五輪塔、広忠の墓は無縫塔である。なお、左端の徳川家康の墓標は1969(昭和44)年に建てられたものである。
1475(文明7)年、井田野の戦いでの戦死者供養のために松平親忠が大樹寺を創建した際、松平郷の高月院にあった松平親氏,泰親,信光の墓から分骨して墓を建てた。
1615(元和元)年、徳川家康が先祖八代の墓を再建し、1617(元和3)年には徳川秀忠によって、天領代官の畔柳寿学が奉行となり現在の姿に整備された。
また、1890(明治23)年には郡山藩の最後の藩主であった柳沢保申が墓所の修築を行っており、当所にも遺歯碑が建てられている。
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▲初代・松平親氏の墓
▲2代・松平泰親の墓
▲3代・松平信光の墓
▲4代・松平親忠の墓
▲5代・松平長親の墓
▲6代・松平信光の墓
▲7代・松平清康の墓
▲8代・松平広忠の墓
▲徳川家康の墓
▲柳沢保申遺歯碑
▲大樹寺三門
▲大樹寺本堂