景清神社(平景清屋敷跡)

かげきよじんじゃ (たいらのかげきよ やしきあと) (Kagekiyo Shrine[Residence Ruins of Kagekiyo Taira])

【S-AC045】探訪日:2022/1/22

【S-AC045】景清神社 愛知県大府市吉田町1丁目246

【MAP】

〔駐車場所〕

【S-AC045】景清神社

   本姓は藤原氏(伊藤氏)であるが、平家に仕え都落ちに従ったため平姓で呼ばれる平七悪兵衛景清の屋敷跡と伝わる。1185(元暦2)年の壇ノ浦の戦いに敗れ、尾張国まで逃げ延び、地元の名主・浅田八太夫の援助を得て隠棲した所とされる。屋敷にあったといわれる「芦沢の井戸」が残り、景清神社として祀られている。
 平景清は全国に多くの伝承をもつ人物で、歌舞伎や能,幸若舞などの題材にも取り上げられている(一括して「景清物」と呼ばれるほど)。伝承によると源頼朝の命を狙って失敗して捕えられた際、「源氏の世は見られぬ」と自ら両目を刳り抜いたとか、獄中にあって自分の爪だけで小さな千手観音像を彫り上げたとされる。また、源氏に降り八田知家に預けられたが、1196(建久7)年に80日絶食の後に没したともいわれる。ここでは、湧出せる水を使用し娘の安否並びに一門の供養を念じ読経満願の夜、観音様が夢に現れて九十六文字の観音経を授かり、千手観音像を彫作したという。また、芹沢の井に湧出せる霊水は御神水として、眼病に不思議の霊験が有ると伝えられている。
 景清神社の東方約350mのところに、景清の菩提寺・常福寺と、墓所とされる生目八幡宮がある。

【史跡規模】

【指 定】
【国 宝】
【国重文】

関連時代 平安時代:後期 鎌倉時代
関連年号 1185年 1196年
関連人物 系図 関連人物 系図 関連人物 系図
平 景清(伊藤景清) F9** 浅田八太夫 **** 八田知家 F659

 

【S-AC045】景清神社  
 

 

【S-AC045】景清神社

【S-AC045】景清神社 ※本サイトの写真は転用可です(ダウンロードすると、より鮮明に見えます)

【S-AC045】景清神社

【S-AC045】景清神社

【S-AC045】景清神社

【S-AC045】景清神社

【S-AC045】景清神社

【S-AC045】景清神社

【S-AC045】景清神社

【S-AC045】景清神社

【S-AC045】景清神社

【S-AC045】景清神社

▲芦沢の井

【S-AC045】景清神社