塚穴山古墳

つかあなやまこふん(Tsukaanayama-Kofun Tumulus)

【K-NR138】探訪日:2022/9.11

【K-NR138】塚穴山古墳 奈良県天理市勾田町407

【MAP】

〔駐車場所〕

   西山古墳北側の丘陵端を切り込んで築造された大型円墳である。これまでに墳丘北半および上半部が破壊されて石室が露出している。規模は、推定復元で直径63.4mを測り、墳丘周囲には幅9.5~13mの周濠および外堤が巡らされており、周濠,外堤を含めた外径は112mにもおよぶ。埋葬施設は両袖式の横穴式石室で、巨石を用いた大型石室であり、南方向に開口する。石舞台古墳に類似する石舞台式石室になり、石室全長は17.12mを測り全国でも有数の規模になる。玄室は長さ7.04m,幅2.9~3.24m,現在高さ3.6m、羨道は長さ約9.4m(東壁)・約10m(西壁),幅2.14~2.24m,現在高さ約3mである。
 築造は古墳時代終末期の7世紀代と推定され、物部大市御狩(物部守屋の兄)の墓に比定する説などがある。
 盗掘に遭い副葬品のほとんどは失われているが、。1964(昭和39)年の調査では、石室内からは凝灰岩製石棺片(内側に朱を塗布),須恵器・土師器の土器類,銀糸捲鉄刀把片,鉄鎌、墳丘からは埴輪片(円筒埴輪,朝顔形埴輪,家形埴輪)が出土している。また後世の遺物として、石室内から焼骨,中世土器類,石造物(五輪塔・石仏・板碑)が出土しているほか、墳丘からは中世墓6基も検出されており、中世期には墓地として利用されたことが知られる。

【史跡規模】

【指 定】

【国 宝】

【国重文】

関連時代 古墳時代:後期
関連年号 7世紀
関連人物 系図 関連人物 系図 関連人物 系図
物部大市御狩 MB06

 

【K-NR138】塚穴山古墳
  

 

【K-NR138】塚穴山古墳

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西から見る(手前に周濠) 羨道 石室 石室から見た羨道