金山古墳

かなやまこふん(Kanayama-Kofun Tumulus)

【K-OS035】探訪日:2017/9.24

【K-OS035】金山古墳 大阪府南河内郡河南町芹生谷192

【MAP】

〔駐車場所〕

【K-OS035】金山古墳

   葛城山西麓の河南台地最奥部の芹生谷に築造された古墳である。形状は双円墳という特異なもので、北西~南東方向に円墳2基が並列して連接される。墳丘長85.8m、北丘は2段築成で直径38.6m,高さ6.8m、南丘は3段築成で直径55.4m,9.4mを測る。墳丘周囲には平均深さ1.4mの双円形の周濠が巡らされており、周濠を含めた古墳総長は104mとなる。墳丘外表で埴輪は認められておらず、葺石は平坦面では一面に認められるが、斜面ではくびれ部西側(北丘石室付近)でのみ認められ、南丘3段目では列石が認められる。
 埋葬施設は、南丘では未調査のため明らかでないが、北丘では両袖式の横穴式石室が構築されている。その石室は全長10.6m(玄室長さ3.8m,羨道長さ6.26m)を測る大型石室であり、石室内には玄室,羨道に凝灰岩製の刳抜式家形石棺が各1基据えられている。石室内は盗掘に遭っているが、発掘調査ではガラス製丸玉,銀環,金銅製金具片,鉄製革帯金具,鉄刀片,刀子片,鉄鏃や土師器,須恵器などの残存副葬品が検出されている。
 築造時期は、古墳時代後期~終末期の6世紀末~7世紀初頭頃と推定される。また、被葬者は明らかでないが、厩戸皇子の子の三枝王とする説がある。
 なお、南丘では石室墓道および墳丘内暗渠が認められており、横穴式石室の存在が推定されるが、未調査のため詳細は明らかでない。

【史跡規模】

【指 定】国指定史跡(1991年2月15日指定)

【国 宝】

【国重文】

関連時代 伝承の時代(古墳時代:後期)
関連年号 6世紀末~7世紀初頭
関連人物 系図 関連人物 系図 関連人物 系図
三枝王 K303

 

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金山古墳(Googleマップ航空写真)

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