小倉南城跡

おぐらみなみじょうあと(Ogura Minami Castle Ruins)

【C-NR063】探訪日:2025/5.14

【C-NR063】小倉南城跡 奈良県奈良市小倉町

【MAP】

〔駐車場所〕

【C-NR063】小倉南城跡

   築城年は定かではないが、東山内の国民・小倉氏の詰城とされる。小倉氏は、多田氏を中心とする山内衆で構成した染谷天神講の一員である。1384(至徳元/元中元)年の『長川流鏑馬日記』にもその名がみえる。小倉南城の北には先に築城された小倉北城があり、規模,地形からみて北城が平時の居館、南城はその詰城と考えられる。南城は北城とは別の尾根上に位置し、北側の集落を眼下に見ることができる。
 1492(明応元)年に吐山氏によって攻め落されたとされるが、北城,南城のいずれか、または両城かは不明である。 
 南城は標高536m,比高30mほどの丘城であるが北城に比べ要害性に富んでいる。主郭は22m×47mの広さで、周囲に土塁が巡らされている。南側には土塁で囲繞された空間があり、明確な用途はわからないが倉庫跡と思われる。主郭北側の土塁は中央部が幅広く盛り上がっており、櫓台状になっている。また、主郭の土塁外側には小規模であるが帯郭が巡り、東側は竪堀で、西側は虎口へつながる竪堀状の坂で遮断されている。

【史跡規模】

【指 定】 

【国 宝】  

【国重文】

関連時代 南北朝時代 室町時代
関連年号 1384年 1492年
関連人物 系図 関連人物 系図 関連人物 系図
小倉氏 **** 吐山氏 ****

 

【C-NR063】小倉南城跡
 

 

【C-NR063】小倉南城跡

小倉南城縄張り図(「奈良の城郭」サイトより転載加筆)

【C-NR063】小倉南城跡 ※本サイトの写真は転用可です(画像をピックすると拡大、コメント表示されます)

今回の登り口 南側へ廻り込んでここから上る 虎口へ入る辺り 虎口 主郭の南側 主郭南側から北側を見る(東の土塁) 東の土塁 東の土塁 北東の帯郭 北から主郭を見る 北の土塁上から主郭を見る 北側の土塁(西から見る) 西の土塁 西の土塁 西の帯郭 北西から見た主郭 主郭北側の土塁と西側の土塁 北側の道路から見た城跡の丘陵