福束城跡

ふくづかじょうあと(Fukuzuka Castle Ruins)

【C-GF089】探訪日:2025/10.8

【C-GF089】福束城跡 岐阜県安八郡輪之内町福束928-1

【MAP】

〔駐車場所〕

【C-GF089】福束城跡

   1414(応永21)年、土岐氏の家臣であった福束蔵人十郎益行によって揖斐川沿いに築城された。その後、1428(正長元)年には丸毛光慶が居城し、以来代々、丸毛氏が継いだ。
 福束城は揖斐川の舟運の要衝で兵糧輸送の重要な戦略拠点であったため、1600(慶長5)年の関ヶ原の戦いの際には、福島正則の配下で東軍の横井時泰が城主・丸毛兼利を東軍に誘うが、丸毛氏は石田三成の西軍に与することを決めた。
 8月16日、福島正則は松ノ木城主・徳永寿昌や今尾城主・市橋長勝に福束城攻めを命じる。丸毛兼利軍も大垣城主・伊藤盛正,長松城主・武光式部の援軍とともに陣を敷き、両者は大榑川を挟んで対峙した。東軍側は一計を案じ、夜半に市橋軍が渡河し背後に廻り込んで放火したため、挟み撃ちにされたと錯覚した西軍は総崩れとなり、翌日、丸毛氏らは城を捨て大垣城へ逃れた(関ケ原の戦いの最初の前哨戦)。丸毛兼利は戦後、加賀藩の前田利常に仕えたという。
 城は福満寺の北側一帯に築かれていたとされるが、現在は河川改修によって遺構は消滅している。福満寺には福束城の石垣などが描かれた版木が伝わっている。

【史跡規模】

【指 定】輪之内町指定史跡(1957年9月3日指定)

【国 宝】

【国重文】

関連時代 室町時代 安土桃山時代
関連年号 1414年・1428年 1600年
関連人物 系図 関連人物 系図 関連人物 系図
福束益行 **** 丸毛光慶 **** 丸毛兼利 ****
福島正則 G128 横井時泰 H175 徳永寿昌 ****
市橋長勝 G178


【C-GF089】福束城跡



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関ケ原決戦前(8/16~9/14)の南美濃における前哨戦

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