康全寺

こうぜんじ(Kozen-ji Temple)

【T-AC129】探訪日:2026/1.28

【T-AC129】康全寺 愛知県西尾市満全町36 <📲:0563-57-3285>

【MAP】

〔駐車場所〕参詣者用駐車場がある。

【T-AC129】康全寺

   1398(応永5)年、吉良満貞が却外乗空禅師に帰依して堂宇を建立し(吉良山満全寺)、その後、1579(天正7)年に徳川家康が郷村巡検の際に満全寺に宿泊したことで、家康から一字を賜って西尾山康全寺に改称した。
 1221(承久3)年、足利義氏は承久の乱の恩賞として三河国守護職を得、西条城(後の西尾城)を築くと、城内に御剱八幡宮を祀り、天台宗僧侶を別当とする六坊を建てた。やがて、浄土真宗に帰依する僧侶や寺院が多くなると、八幡六坊は衰退していった。八幡六坊のうち、神宮寺釈迦堂と金剛王院大日堂が康全寺の前身とされる。1398年、瑞泉寺3世の却外乗空禅師がこの2寺を再興すると、吉良満貞は禅師に帰依して堂宇を建立し、吉良山満全寺と名付けた。
 1579年8月、徳川家康が郷村巡検で西尾を訪れた際に満全寺に宿泊したことで、家康から一字を賜って西尾山康全寺に改称した。移転の時期には諸説あるが、1585(天正13)年の西尾城改築以前には城内から現在地に移転した。代々の西尾城主からの崇敬を受けて鎮城の禅寺となった。
 1791(寛政3)年に描かれた絵図には、曹洞宗中型寺院の七堂伽藍が描かれている。1802(享和2)年には、堂宮大工の榎本九左衛門寛敬を棟梁として本堂が再建されている。

【史跡規模】

【指 定】

【国 宝】 

【国重文】

関連時代 鎌倉時代 室町時代 戦国時代
関連年号 1221年 1398年 1579年
関連人物 系図 関連人物 系図 関連人物 系図
足利義氏 G331 吉良満貞 G357 却外乗空禅師 ****
徳川家康 TG01 榎本寛敬 ****


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山門 本堂 大日堂 禅堂(旧西尾郷学校)