久保田城跡
くぼたじょうあと(Kubota Castle Ruins)
【C-AC704】探訪日:2026/2.15
愛知県額田郡幸田町久保田上ノ山54
【MAP】
〔駐車場所〕
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築城年は定かではないが、天文年間(1532~55年)に標高40m,比高20mほどの丘陵端に築かれた高橋氏の居城である。永禄年間(1558~70年)には、高橋半四郎宗正が松平元康(のちの徳川家康)に対する謀反の噂で城を追放され、のちに大橋善五郎左衛門義重が入った。
1563~64(永禄6~7)年の三河一向一揆の際には、石川平三郎正俊(数正弟)らが一揆方として本城に立て籠もったが、平定後の1567(永禄10)年には廃城となっている。
その後、聞入寺が建立されたが、現在は廃寺・更地となり、幸田町の町有地として管理されている。微高地の上がったところにある虎口の西側が主郭とみられる。その東側には空堀と思われる遺構が残されている。
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【史跡規模】
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【指 定】 【国 宝】 【国重文】 |
| 関連時代 | 戦国時代 |
|---|---|
| 関連年号 | 1532~55年・1558~70年・1563年・1567年 |
| 関連人物 | 系図 | 関連人物 | 系図 | 関連人物 | 系図 |
|---|---|---|---|---|---|
| 高橋宗正 | **** | 大橋義重 | H137 | 石川正俊 | G393 |
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