岡山本陣跡
おかやまほんじんあと(Encampment Ruins of Tokugawa Ieyasu at Akasaka Okayama)
【B-GF001b00】探訪日:2026/5.10
岐阜県大垣市赤坂町
【MAP】
〔駐車場所〕
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関ヶ原の戦い前日の1600年(慶長5)年9月14日、東軍総大将の徳川家康軍は会津の上杉景勝の討伐から引き返し、石田三成ら西軍が駐在する大垣城から北西約4.5kmの岡山へ着陣した。しかし、短期野戦に持ち込みたい家康は、大垣城を素通りして大坂へ向かうという噂を西軍に流し、これにより西軍は大垣城を深夜に出発し関ヶ原に向かう。翌15日未明、家康は諸将に出陣を命じて、本隊30,000を率いて西軍の後を追い、午前6時頃には関ヶ原における最初の陣を桃配山に置いた。
岡山は標高53mの丘陵で、厩戸皇子創建といわれる安楽寺の寺領であり、天下分け目の大合戦に勝利した家康は、ここを徳川ゆかりの地と記念して、岡山の名を勝山に改めたと伝えられている。安楽寺の山号も御勝山である。