清水古城跡
きよみずじょうあと(Kiyomizu Castle Ruins)
【C-GF100】探訪日:2026/5.17
岐阜県揖斐郡揖斐川町清水106
【MAP】
〔駐車場所〕釣月院まで車で行けるが、途中から未舗装(麓に専用駐車場がある)
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築城年は定かではないが、鎌倉時代初期に源頼光6代の孫・頼兼が清水に住み、清水五郎を名乗ったにはじまり、子・頼高の子孫4代約160年間に亘り、清水に住み、清水古城の源をつくったとされる。
その後、南北朝時代にはいり1356(正平11/延文元)年に林七三郎左衛門道兼が清水山頂に城を築き、6代約200年間に亘りこの地域を統治した。
1557(弘治3)年、城主が加納悦左衛門のとき曽根城主・稲葉良通(一鉄)に攻められ落城する。1565(永禄8)年には良通はこの城を廃してその石垣を用いて麓に平城の清水城を築き、のちに自身の隠居城としている。
比高は約100mで釣月院からは20〜30m程登ったところが城跡とされる。北西上辺りに虎口が見られ、曲輪には一部石積みが残る。
東側には堀切、西側は所々に平地(曲輪跡?)がある。
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【史跡規模】
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【指 定】 【国 宝】 【国重文】 |
| 関連時代 | 鎌倉時代 | 南北朝時代 | 戦国時代 |
|---|---|---|---|
| 関連年号 | 1356年 | 1557年・1565年 |
| 関連人物 | 系図 | 関連人物 | 系図 | 関連人物 | 系図 |
|---|---|---|---|---|---|
| 清水頼兼 | G119 | 林 道兼 | **** | 加納悦左衛門 | **** |
| 稲葉良通(一鉄) | OC08 |
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無計画のまま訪れたため釣月院が建つ場所が城跡だろうと思い、麓の駐車場からスニーカーのままスティックも手袋も持たずに訪れてしまった。案内板は釣月院にあったが、城跡は釣月院の後方の丘陵上と気づき、案内板の横(東)から入山したものの明瞭な道もなく荒れており、スニーカーでは斜面を直登しづらくスティックで支えることもできず、登るも降りるもなかなか一歩が踏み出せない状態になってしまった。なんとか少しなだらかな所に出ると、そこにたまたま鹿の角が落ちていたので、その角を短いスティック代わりやスコップ代わり(斜面の木の根を掴むために土を掘る)にする始末。見上げた先に頂上らしき木漏れ日はみえたが、このままでは危険(スニーカーでは滑落する)と判断し今回は断念した。鹿の角はゲットしたけど。あとからほかの方のネットを見ると、そもそも登り口を間違えたようである。別途、再チャレンジしたい。
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