加藤平内家墓所〔月真寺〕
かとうへいないけ ぼしょ〔げっしんじ〕(Graves of Kato Heinai Family [in Gesshin-ji Temple])
【K-GF035】探訪日:2026/5.10
岐阜県揖斐郡大野町公郷1812-1
【MAP】
〔駐車場所〕
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月真寺にある当地を治めた旗本・加藤平内家の2代・光定(1675年没)から9代・挙直(1853年没)までの当主と一族の墓所である。
初代・加藤光直は豊臣秀吉に仕えるが、関ヶ原の戦いでは徳川家康に従い、1602(慶長7)年に美濃国内に3600石の知行を与えられ、六之井(揖斐郡池田町)に陣屋を構えた。光直の父・加藤光泰は小谷城攻略時の横山城の戦いで左膝に深手を負い、もはやこれまでと思われたところを竹中半兵衛重治の機転で命を助けられた。のちに(重治死後)、光泰は重治の嫡男・重門に娘を嫁がせ、両家はその後も姻戚関係を結びつつ、互いの家督を守った。
1635(寛永11)年、2代・光定から公郷を采地として、竹中氏の菩提寺であった改禅寺を月真寺と改め、加藤家の菩提寺とした(この頃、竹中氏の菩提寺は禅幢寺)。
なお、同墓地には大御堂城の最後の城主である竹中重元の墓所もある(17世紀中頃に建てられた)。
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【史跡規模】
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【指 定】大野町指定史跡(2005年5月27日指定) |
| 関連時代 | 江戸時代:前期~後期 |
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| 関連年号 | 1675年~1853年 |
| 関連人物 | 系図 | 関連人物 | 系図 | 関連人物 | 系図 |
|---|---|---|---|---|---|
| 加藤光定 | F844 | 加藤挙直 | F844 |
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