大御堂城跡
おおみどうじょうあと(Omido Castle Ruins)
【C-GF094】探訪日:2026/5.10
岐阜県揖斐郡大野町公郷
【MAP】
〔駐車場所〕
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築城年は定かではないが、竹中半兵衛重治が1544(天文13)年9月にこの城で誕生していることから、それ以前の築城である。築城者は半兵衛の父・竹中遠江守重元もしくは祖父・重道と考えられる。
1558(永禄元)年、竹中重元は岩手城(菩提山城)主・岩手弾正信久を攻め、居城を岩手城へと移したことで大御堂城は廃城となったという。
その後、この地を治めた旗本・加藤光定は、1635(寛永11)年に代官所を置き、城跡東の月真寺を菩提寺と定めた(このときに改禅寺から月真寺に改称)。1714(正徳4)年には、城跡は月真寺に寄進された。
城跡は東西約40m,南北約60mの長方形で、発掘調査では、外周には土塁と堀が巡らされていたことがわかっている。昭和40年代までは土塁と堀の一部が残されていた。
月真寺墓域には竹中重元の墓地と加藤氏歴代(加藤平内)の墓所がある。