大矢城跡
おおやじょうあと(Oya Castle Ruins)
【C-AC716】探訪日:2026/9.22・10.8
愛知県稲沢市大矢町高松/大矢町村内上/大矢白山町
【MAP】
〔駐車場所〕
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築城年は定かではないが、鎌倉時代初期には守護職の大屋中三安資の居城があったとされる。大屋安資は、『吾妻鏡』にも登場する尾張国の武士である。城は大矢町高松辺り、現在のオリエンタル営業本部・工場が建つ辺りとされ、高松城とも呼ばれた。ただ、遺構は残されていない(敷地内に見える盛土は昭和になって盛られたものとのこと)。オリエンタル工場から南約500mほどの桂昌寺は大矢城主の菩提寺で、城主の位牌が残っているという。『愛知県中世城館跡調査報告(尾張地区)』では、桂昌寺の東側(大矢町村内上)一帯を大矢城推定地としている。
戦国時代になると、織田信雄の老臣・滝川刑部少輔雄利がこの地に住み、南方に新たな大矢城を築いたという。位置については2説あり、前述の桂昌寺の東側一帯とする説と、大江川を挟んで大矢白山町の現・中央食糧工場の西側一帯とする説であるが、いずれも遺構は残されていない。
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【史跡規模】
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【指 定】 【国 宝】 【国重文】 |
| 関連時代 | 鎌倉時代 | 戦国時代 |
|---|---|---|
| 関連年号 |
| 関連人物 | 系図 | 関連人物 | 系図 | 関連人物 | 系図 |
|---|---|---|---|---|---|
| 大屋安資 | **** | 滝川雄利 | G833 |
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