岩広城跡

いわひろじょうあと (Iwahiro Castle Ruins)

【C-AC249】探訪日:2019/4/20

 愛知県新城市富沢

【MAP】

〔駐車場所〕

   1312(正和元)年、設楽重清が振草荘(設楽城)からここ広瀬郷に進出し豊川の断崖の上に城を築いたとされている。三方を豊川と半場川に囲まれて絶壁となっており、北側の一方のみが堀で守られている。
 その後、重清の子孫は岩広城を本城として周辺地域に根付いていった。重清の17代後の貞重の頃には東三河諸氏とともに駿河,遠江の守護大名今川氏の勢力に属していた。この頃に領内の要所に来迎松城,川路城が築かれた。
 1590(天正18)年、徳川家康の関東移封に伴い武蔵国埼玉郷へ移ったが、1600(慶長5)年の関ヶ原の戦い後、再び設楽に戻っている。
 設楽重清夫妻の墓とされる全光塚は、ここから北東へ150m程の所にある。

【史跡規模】

【指 定】新城市指定史跡(1958年4月1日指定)
【国 宝】
【国重文】

関連時代 鎌倉時代 安土桃山時代
関連年号 1312年 1590年・1600年
関連人物 系図 関連人物 系図 関連人物 系図
設楽重清 SR** 設楽貞重 SR**

 

 

 

【C-AC249】岩広城跡 ※本サイトの写真は転用可です(ダウンロードすると、より鮮明に見えます)

【C-AC249】岩広城跡

【C-AC249】岩広城跡

▲大手門跡に建てられた城址標柱

【C-AC249】岩広城跡

【C-AC249】岩広城跡

【C-AC249】岩広城跡

▲本丸跡

【C-AC249】岩広城跡

【C-AC249】岩広城跡

▲本丸から豊川へ下る

【C-AC249】岩広城跡

【C-AC249】岩広城跡

【C-AC249】岩広城跡

▲河原から本丸へ上る

【C-AC249】岩広城跡

【C-AC249】岩広城跡

▲本丸へ