船山城跡


(Funayama Castle Ruins)

【C-NN024】 探訪日:2017/9/15

 長野県松川町上片桐3497

  【MAP】

〔駐車場所〕

   築城年代は定かではないが、片切(片桐)氏によって築かれたとされる。片切氏は平安時代後期に源為公の子、為基が片切郷を領して片切氏と称したことに始まるという。戦国時代は伊那に侵攻した武田氏に降り、1582(天正10)年に織田信長が信濃へ侵攻すると、片切隼人正政忠は織田氏と戦って討死、長子長公も大島城へ籠もって討死した。
 船山城は天竜川西岸にある東へ伸びた段丘の上に築かれており、南北の堀切で区画した縄張で、瑞応寺の東側一帯が城域になっている。御射山神社の辺りが三の丸とされ、そこから東へ二の丸,本丸と続いていたが、この辺りは果樹園となっており、一部堀跡が残るのみである。さらに東側に出丸があり、堀切で断ち切られた小郭が現存し、先端には船山稲荷が祀られている。

【史跡規模】

【指 定】
【国 宝】
 
【国重文】

関連時代 平安時代:後期 戦国時代
関連年号 1582年
関連人物 系図 関連人物 系図 関連人物 系図
片切(片桐)為基 G636 片切政忠 G636 片切長公 G636
織田信長 OD04

 

 

 

 

      

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【C-NN024】船山城跡

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▲城址碑と後方の二の丸跡

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▲説明板

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▲御射山神社

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▲御射山神社の後方へ入る

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▲御射山神社の後方

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▲瑞応寺門前

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▲瑞応寺内の石垣