堅田藩陣屋跡
かただはん じんやあと(Katada Domain Jinya Ruins)
【R-SG007】探訪日:2016/10.15
滋賀県大津市本堅田2丁目1-5
【MAP】
〔駐車場所〕
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1698(元禄11)年、堀田正高が下野国佐野から1万石で入封し、堅田に陣屋を構えたのが堅田藩の始まりである。以来6代、約130年間にわたり、堅田藩主の陣屋がここにあった。
正高は、陣屋(藩庁)を築くために、当地にあった民家を80両の代償で出町と野々口通りに移した。また、以前から設けられていた水濠を整備しなおし、周りを寺や家臣・郷士屋敷で固めて、所要街路には木戸口を構えるなどして、城下町風に整えた。。
1806(文化3)年、堀田正敦のとき1万3千石に加封され、1826(文政9)年に1万6千石で再び下野国佐野に転封となったことで、堅田藩の消滅とともに陣屋は撤収されて天領となった。
陣屋は景勝地である満月寺浮御堂の北側一帯に築かれており、伊豆神社の東側一帯が「御陣屋」と呼ばれた陣屋跡であった。伊豆神社の東側には舟入遺構がある。