下社城跡〔明徳寺〕

しもやしろじょうあと〔めいとくじ〕 (Shimoyashiro Castle Ruins[Meitoku-ji Temple])

【C-AC201】探訪日:2018/4/8

【C-AC201】下社城跡 愛知県名古屋市名東区陸前町1310

【MAP】

〔駐車場所〕

   築城年代は定かではなく、遺構といえるものは見られないが、小高い丘という地形が土豪柴田氏の要害であったことを物語っている。柴田氏は斯波高経四代の子孫義勝が越後国新発田城主となり柴田と名乗るようになったといわれる。その孫の柴田勝義の代には、この地に土着していたという。
 1522(大永2)年、この城で柴田勝家が生まれている。 1575(天正3)年、勝家は、織田信長が朝倉義景を滅ぼすと、越後の上杉謙信の押えとして越前国北庄城主に任ぜられた。 これにより下社城は廃城となった。現在は明徳寺が建っている。

【史跡規模】

【指 定】
【国 宝】
【国重文】

関連時代 戦国時代
関連年号 1522年・1575年
関連人物 系図 関連人物 系図 関連人物 系図
柴田勝義 G3** 柴田勝家 G3**

 

【C-AC201】下社城跡
  

 

【C-AC201】下社城跡

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【C-AC201】下社城跡

▲明徳寺正面

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▲城址碑

【C-AC201】下社城跡

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▲境内からの眺め

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▲柴田勝家公誕生地の碑