上社城跡
かみやしろじょうあと (Kamiyashiro Castle Ruins)
【C-AC416】探訪日:2021/7/18
愛知県名古屋市名東区上社3丁目1601
【MAP】
〔駐車場所〕
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築城年代は定かではないが、加藤勘三郎信祥が1469(文明元)年に高針城へ移るまでの居城とされる。上社城も天正年間(1573~92年)頃まで存在したともいわれる。城主は代々「勘三郎」を名乗った。何代か後の加藤勘三郎(上社城主か高針城主か不明)は織田信忠に仕えており、1582(天正10)年の本能寺の変の際には、主君の安否が心配になり京に上ったまま行方が分からなくなったという。
城は舌状丘陵地の上に築かれており、現在の観音寺から上社公園グランド間および公園西側の住宅地辺りとされ、遺構は残されていないが、舌状丘陵地の名残りが所々にみられる。
なお、加藤勘三郎の墓所が名東区内の了玄院にある。
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【史跡規模】
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【指 定】 |
| 関連時代 | 室町時代 | 戦国時代 |
|---|---|---|
| 関連年号 | 1469年 | 1582年 |
| 関連人物 | 系図 | 関連人物 | 系図 | 関連人物 | 系図 |
|---|---|---|---|---|---|
| 加藤勘三郎信祥 | F*** | 織田信忠 | OD04 |
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はっきりとした城域は不明だが、観音寺から上社公園周辺を歩くと、観音寺自体も高台であるが、さらに南の公園に向けて上り坂となっており、坂の途中も丘陵を削って平坦地を造っているのがわかる。
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※本サイトの写真は転用可です(ダウンロードすると、より鮮明に見えます)

▲上社公園

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▲観音寺方面への下り坂

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▲丘陵上にある観音寺

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