岩手弾正居館跡
いわでだんじょう きょかんあと(Iwade Danjo Residence Ruins)
【R-GF026】探訪日:2026/4.28・5.10
岐阜県不破郡垂井町岩手
【MAP】
〔駐車場所〕すぐ北の漆原集会所の駐車場を利用させていただく。
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大岩手神社の縁起によれば、1428(正長元)年に土岐氏一族の岩手弾正久信が、岩手で6千貫を領有したときに築いた館とされる。系図上では、この時代は岩手弾正左衛門頼重の代にあたる。また、『美濃国諸旧記』では、源頼朝の伊豆流人時代からの忠臣・岩手小忠太光家が鎌倉時代初期に美濃国守護に任ぜられ、光家が岩手氏祖先ではないかと推察している。岩手氏の成り立ちには諸説あるが、中世を通して岩手の領主であったことは確かである。寛正年間(1460~66年)に岩手又四郎長敏,岩手中務丞長仍が岩手の岩崎神社の造営に携わり、以後、代々にわたり岩崎神社の修繕に携わっている。
室町時代から戦国時代にかけて岩手氏は美濃国守護である土岐氏に仕え、漆原の居館を拠点、岩手城(菩提山城)を詰城として領国経営にあたったが、1558(永禄元)年、一族の大御堂城主・竹中遠江守重元(竹中半兵衛重治の父)によって滅ぼされた。
大岩手神社は一族および戦国乱世で憤死した万霊を供養するために1990(平成2)年に建立されたものである。居館跡はこの神社の東側辺りとされ、現在は空き地,民家となり、遺構は残されていない。