揖斐陣屋跡
いびじんやあと(Ibi Jinya Ruins)
【R-GF028】探訪日:2026/5.17
岐阜県揖斐郡揖斐川町三輪北新町
【MAP】
〔駐車場所〕
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城台山山頂の揖斐城は稲葉氏によって廃城となっていたが、1600(慶長)年の関ヶ原の戦いで功績をあげた西尾光教が、曽根城から揖斐に移り、旧揖斐城の南麓に新たな揖斐城を築き、3万石をもって揖斐藩を起こした。
1623(元和9)年、嗣子が無かった揖斐藩2代藩主・西尾嘉教が亡くなると、揖斐藩は取り潰され、幕府領となる。1631(寛永8)年、旗本・岡田将監善同が5,300石の領主となり、西尾光教が築いた揖斐城を改修して揖斐陣屋とした。以後、岡田家は11代を数えて揖斐陣屋は1868(明治元)年まで存続した。
陣屋跡は現在の揖斐小学校と民有地となっているが、古地図では堀と石垣で守られた城郭の様相を呈していたことがわかる。陣屋跡を記した石碑のみが民家横に建つ。