横川覚範首塚
よかわかくはんくびづか(Kubizuka, Grave of Severed Head of Yokawa Kakuhan)
【K-NR031】探訪日:1990/11.17・2026/7.11
奈良県吉野郡吉野町吉野山
【MAP】
〔駐車場所〕
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1185(文治元)年、源義経の忠臣・佐藤忠信によって討ち取られた吉野の僧兵・横川覚範の首塚である。
源頼朝の追手から逃れるため吉野山に籠った源義経は、武蔵坊弁慶,佐藤忠信,伊勢義盛,常陸坊海尊,鷲尾義久,片岡常春、そして愛妾の静御前とともに、いったんは吉水院(現・吉水神社)に身を隠していた。
金峯山寺では義経対応を決める評議が開かれたが、比叡山の横川から来ている客分の僧・横川覚範は義経追討を主張。頼りとしていた金峯山寺衆徒を味方につけることができなかった義経らは、途中で静御前とも別れて水分神社まで逃げ伸びた。
追っ手である横川覚範は、義経一行を追いつめたが、佐藤忠信が義経の身代わりとなって中院谷で戦い、花矢倉から覚範に矢を浴びせて、覚範を討ち取った。覚範の首級は、この塚に埋められたという。