大道寺城跡(天池城跡)
だいどうじじょうあと(あまいけじょうあと)(Daidoji [Amaike] Castle Ruins)
【C-AC710】探訪日:2026/9.22
愛知県稲沢市天池伝代町
【MAP】
〔駐車場所〕
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築城年は定かではないが、1600(慶長5)年に清洲城主になった松平忠吉に仕えた大道寺玄藩頭直重の居城とされる。直重は1590(天正18)年の小田原征伐の際、松井田城を父の大道寺政繁と共に守ったが、前田氏に攻められ開城。北条氏滅亡後に加賀前田氏に仕えた。1600(継承5)年の関ヶ原の戦いでは前田利政に従い、その後は、徳川家康の4男で尾張49万石を与えられた松平忠吉に2000石で仕えた。忠吉時代の尾張藩の居城は清須にあり、直重の屋敷跡周辺は今も清須市清洲町字大道寺という。忠吉が若くして亡くなった後、尾張は家康9男の徳川義直に与えられたが、直重は引き続き義直に仕えた。大坂の陣を経て500石が加増され、都合2500石となる。以降も大道寺氏は尾張藩に仕えている。
城跡は大願寺(廃寺?)の北方、徳正寺西隣りの区画とされる。わずかに高い土地となっている。