織田信秀墓所〔萬松寺〕

おだのぶひで ぼしょ〔ばんしょうじ〕(Grave of Nobuhide Oda [in Bansho-ji Temple])

【K-AC008】探訪日:2013/12/22

【K-AC008】織田信秀墓所〔萬松寺〕 愛知県名古屋市中区大須3丁目29-12

【MAP】

〔駐車場所〕

   織田信秀は1511(永正8)年、織田大和守家に仕える庶流として清洲三奉行の一人の織田信定の長男として勝幡城で生まれた。家督を継いだのちは、織田氏一族や北の斎藤氏,東の松平氏,今川氏との戦い,和睦を繰り返す。最後まで徹底して粛清したり叩こうとせず、旧来の権威や秩序を重んじる古さがあったとも指摘される。1548(天文17)年、末森城を築き居城したが、4年後の1552(天文21)年に死去。葬儀は萬松寺で僧侶300人を参集させ壮大に行われたという。
 なお、信秀墓所は桃巌寺にもある(織田信秀,信行墓所)。

【史跡規模】

【指 定】
【国 宝】
【国重文】

関連時代 戦国時代
関連年号 1552年
関連人物 系図 関連人物 系図 関連人物 系図
織田信秀 OD03

 

【K-AC008】織田信秀墓所〔萬松寺〕
 こんなところにあの織田信長の父親の墓があるとは、と感じるであろう。老若男女が肩がぶつかるのを避けながら歩いている名古屋大須商店街の一角にある入口を潜るとポツンと建つ。萬松寺は織田氏の菩提寺として信秀によって建立され、広大な寺領を持っていたが、名古屋城築城に伴う移建や幕末期の衰退、さらには名古屋空襲で壊滅的な打撃を受けた。しかし、見事に復興。信秀の眼にはどのように映るのであろう。 

 

【K-AC008】織田信秀墓所〔萬松寺〕

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【K-AC008】織田信秀墓所〔萬松寺〕

▲入口

【K-AC008】織田信秀墓所〔萬松寺〕

▲墓所