浅井東城跡

あざいひがしじょうあと(Azai-Higashi Castle Ruins)

【C-AC699】探訪日:2026/1.28

【C-AC699】浅井東城跡 愛知県西尾市東浅井町外山

【MAP】

〔駐車場所〕

【C-AC699】浅井東城跡

   築城年は定かではないが、天文年間(1532~55年)に渥美郡大津村から移ってきた大津土左衛門宗常によって築かれたとされる。
 大津氏ははじめは吉良氏に仕えたが、1560(永禄3)年には松平元康(のちの徳川家康)に仕えた。ただ、1563(永禄6)年の三河一向一揆の際には、門徒側の武将として本證寺野場城に布陣して、松平軍と激しく戦った。野場城を護って防戦した大津氏であったが、松平伊忠に攻められて落城。宗常は松平側に降り、家康には許されたものの、家康の三河統一の一環でもある1565(永禄8)年の東条城攻めで松平軍の先鋒を務め、東条軍の大河内秀綱(寺津城主)に討ち取られた。浅井東城は、その後、廃城となったとされる。東方の了性寺には大津家代々の墓がある。
 城跡は後世の造成により、その大半が削られて城域ははっきりしないが、外山に一部残され、そこには稲荷社が建てられている。なお、道路を挟んだ南西は五砂山という丘陵であり、ここも城域の一部だったかもしれない。そこには西浅井古城跡(城域不明)がある。浅井地区には、さらに南西に浅井西城跡が残されている。

【史跡規模】

【指 定】

【国 宝】

【国重文】

関連時代 戦国時代
関連年号 1532~55年・1563年・1565年
関連人物 系図 関連人物 系図 関連人物 系図
大津宗常 **** 大河内秀綱 G125


【C-AC699】浅井東城跡



【C-AC699】浅井東城跡

【C-AC699】浅井東城跡 ※本サイトの写真は転用可です(画像をピックすると拡大、コメント表示されます)

道路に面した登り口 稲荷社 稲荷社の東側 稲荷社の東側 稲荷社の南西側 外山を西から見る 住宅の裏が外山(城跡)