如意輪寺

にょいりんじ(Nyoirin-ji Temple)

【T-NR019】探訪日:1990/11.17・2026/7.11

【T-NR018】如意輪寺 奈良県吉野郡吉野町吉野山1024 <📲:0746-32-3008>

【MAP】

〔駐車場所〕参詣者用駐車場がある。

【T-NR018】如意輪寺

   延喜年間(901~922年)に日蔵上人により開かれたと伝わる。本尊は如意輪観音で、山号は塔尾山の浄土宗の寺院である。南北朝時代の1336(延元元/建武3)年に後醍醐天皇が吉野行宮を定めた際に勅願所とされたが、天皇は還京叶わぬまま崩御して本堂の裏山に葬られた(後醍醐天皇塔尾陵)。以降、寺運は衰えたが、1650(慶安3)年、文誉鉄牛上人(長宗我部元親の息子・文親とされる)によって本堂が再興され、その際に真言宗から浄土宗に改宗された。
 また、1346(正平元/貞和2)年12月、楠木正成の長男・楠木正行が四條畷の戦いに出陣するに際し、一族郎党とともに後醍醐天皇陵に詣で、辞世の歌「かへらじとかねて思へば梓弓なき数に入る名をぞとどむる」を詠んだという。正行は当寺本堂の扉に鏃(矢じり)で辞世の句を刻んだとされ、今もその扉とされるものが寺に伝わる。また、境内には出陣に先立ち、正行と143名の髻を埋めた「理髻の墳」がある(なお、世泰親王墓が楠木正行の髻塚であるという説もある)。
 本堂である如意輪堂は寄棟造檜皮葺き。ほかに不動堂,鐘楼,庫裏,御霊殿(南朝歴代天皇の御尊牌を祀る),権現堂,多宝塔などが建つ。

【史跡規模】

【指 定】
【国 宝】
【国重文】厨子入木造蔵王権現立像:1226(嘉禄2)年、仏師源慶の作

関連時代 平安時代:中期 南北朝時代 江戸時代:前期
関連年号 901~922年 1336年・1346年 1650年
関連人物 系図 関連人物 系図 関連人物 系図
日蔵上人 **** 後醍醐天皇 F401 楠木正行 TB19
文誉鉄牛上人 HT08


【T-NR018】如意輪寺  



【T-NR018】如意輪寺

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駐車場からの入口 裏山門 山門 本堂(如意輪堂) 本堂(如意輪堂) 不動堂 鐘楼 薫香楼(左)と幽香楼 御門 御霊殿 理髻の墳 後醍醐天皇塔尾陵 世泰親王墓