大沼城跡

おおぬまじょうあと(Onuma Castle Ruins)

【C-AC178】探訪日:2017/6.4

【C-AC178】大沼城跡 愛知県豊田市大沼町字八沢

【MAP】

〔駐車場所〕洞樹院の駐車場が利用できる。

【C-AC178】大沼城跡

   文明年間(1469年~87年)に木村安信によって築かれたとされる。足助七城の一つに数えられる。安信が没すると、嫡男の木村信元が城主となったが、1574(天正2)年、武田氏によって攻められ落城する。翌1575(天正3)年、大給松平乗正の2男・近清が木村信元の養子となって大沼城主となった。近清が没すると嫡男・近正が家督を継いだが、1590(天正18)年の徳川家康関東移封に従い、上野国三ノ倉に五千石で移り、大沼城は廃城となった。
  本丸は南西にやや張り出した部分で周囲に帯曲輪があり、西の帯曲輪は北端に土塁が付く。ここから南の登城路沿いに二の丸,三の丸がある。西の谷筋にかつて城内に水を引いていたという水場がある。主郭の北東鞍部が堀切になっているが、この上には「お犬さま」を祀った祠があり、ここも曲輪となっている。「お犬さま」とは、明治時代に連続した不審火を治めるため美濃串原村の「お犬さま」を勧請して祀ったものである。
 近くの代官屋敷には大沼城主供養塔が残されている。また、大沼城の西側にある洞樹院は城主の菩提寺であり、木村父子,松平近清が葬られている。

【史跡規模】

【指 定】

【国 宝】 

【国重文】

関連時代 戦国時代
関連年号 1469~87年・1574年・1575年・1590年
関連人物 系図 関連人物 系図 関連人物 系図
木村安信 **** 木村信元 **** 松平近清(親清) MT26
松平近正 MT26

 

【C-AC178】大沼城跡
 

 

【C-AC178】大沼城跡

 

大沼城縄張図(『愛知県中世城館跡調査報告』に加筆)

<足助七城>

七城(七屋敷) 築城者・主な城主

足助鈴木氏時代の
足助七城

 

※真弓山城にこの時代の遺構が発見されず、下記範疇とされる

飯盛城 足助重秀・足助重朝・足助重方・足助頼方・足助貞親・足助重範・足助重政
真弓山城 鈴木忠親・鈴木重政・鈴木重直・鈴木信重・鈴木康重
黍生城 足助重長
城山城 (不明)
臼木ヶ峰城 中條全満
成瀬城 鈴木重次・鈴木重成・鈴木正三
大観音城 (不明)

戦国時代の
足助七城

真弓山城 鈴木忠親・鈴木重政・鈴木重直・鈴木信重・鈴木康重
浅谷城 簗瀬九郎左衛門
円山城(御蔵城) 鈴木高国・円山義清・鈴木高教・深谷金正
八桑城 鈴木甚五左衛門
安代城 原田源左衛門・原田種則
大沼城 木村安信・木村信元・松平近清・松平近正
田代城 森外記・松平主税(道久?)・松平甚五左衛門

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登城口 三の丸跡 本曲輪 堀切 お犬さま